2005年01月31日 01時43分54秒
生きること 忘れて悩む 贅沢さ
生きてる事:
メモ:へらへら隊タカ隊長の日記より…
エクルス
物心がついた時、既に親父はいなかった。
オフクロは子育てを放棄し、ブランド漁りに埋没した。
オフクロが作った料理を初めて食ったのはおれが高校生の時で、『焼きソバUFO』だった。
学費はおろか食費も出してくれないので、学食の素うどんばかりを食っていた。
16歳になったばかりの秋の夜、おれはオフクロを刺し殺そうと決意した。
サバイバルナイフを片手にもって部屋の扉に手をかけたところでふと我に返り、
思い止まった。
ようやくして而立。
*****
一人の少女がいた。名前は猿渡瞳さん、という。
12歳の時に骨肉腫が見つかり、やがてそれが転移して肺ガンとなった。
医者からは「右足を切断した上で、あと半年の命です」との宣告を受けた。
少女が書いた作文にはこうある。
みなさん、みなさんは本当の幸せって何だと思いますか。
実は、幸せが私たちの一番身近にあることを病気になったおかげで知ることができました。
それは、地位でも、名誉でも、お金でもなく「今、生きている」ということなんです。
病気になったおかげで生きていく上で一番大切なことを知ることができました。
今では心から病気に感謝しています。
私は自分の指名を果すため、亡くなったみんなの分まで精いっぱい生きていきます。
みなさんも、今生きていることに感謝して悔いのない人生を送ってください。
少女は医者の宣告をくつがえし、一年9ヶ月もの間ガンと戦い続け、
昨年の9月に死んだ。
大した名文を残してくれたな、と思う。
今にしてようやく固められつつあるおれの哲学を
13歳風情があっさりと乗り越えてしまった。
「可哀想な」少女が「なくしたもの」の重要性を訴えている
———そんな単純な内容ではないはずだ。
病人、異常者、弱者、犯罪者、敗北者、暴走族、おちこぼれ、ロクデナシ。
みんな一緒なのである。
そして救う方法は何か。
手を差し伸べることではない。
偽善者きどりが、エセ知識人が、世間しらずのお坊ちゃんが
上から手を差し伸べ、そしてことごとく失敗しているではないか。
下から支えあげるのだ。同じ土壌に降り立ち、背中に手を触れるだけで良い。
それだけで救われる。マザー・テレサがそうだった。
そこには同情や励ましが介在していない。
つまるところ、少女は自分が「救える立場」にある、と自覚したのだろう。
幸せになるのは意外と簡単だ。
以下、少女の書いた作文の全文。(2005.1.15 西日本新聞)
追記>>
2005/01/29(土) その他 トラックバック:0 コメント:1
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