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1. 子供たち145.離婚 家族の保険6.(08.08.25月←08.08.22金)



子供たち145.離婚 家族の保険6.(08.08.25月←08.08.22金)2008年08月25日21:06
 akiu 雲 子供たち145.離婚 家族の保険6.(08.08.25月←08.08.22金) 




傷ついてしまうもろさと 絡み合い    雲:08年08月25日 21時01分38秒 

絡み合う 糸を切らない ほぐし方?   雲:08年08月25日 20時55分13秒 





 子供たち145.   … 離婚 … 






。。。。。。。。。。 


家族の事は いま どうなっているかさえ もう わからなくなってしまった。 

○子さんと もめ始めてから だんだんと どんな話も 

【 まともに 話し合える感じ 】が なくなっていった。 



なにを 話していても 

【 エーコー君は あたしを否定してばかりいる 】 

【 あたしを 認めてくれない 】【 あたしの 話を聞いてくれない 】 

そうした 言葉や【 感情論 】に なってしまうように なっていった。 



俺が 離婚しようと 言い出したのは… 

胃を切ったあと 1年ぐらいして?… 1995年ごろだったと思う。   

彼女の認識も 対応も 頑なになってゆくばかりだと 思えたから…だと思う。 

なにかを 根本的なところで 大きく変えなければ 

なにも変わらないと 思えたのだと思う。 

「 彼女は1999年の12月31日に 離婚します 」と 書いた。 

しかし それも … いやいや…しぶしぶ やけくそで …のように見えた。 



俺は それまでに いままでの 絡み合っていた部分を キチンと 

整理していこうと 彼女に話した。 



… 離婚するにしても しないにしても … 

俺が やってきた事 やっている事を 家族みんなが 

理解しておく必要が あるんだよ…と 話した。 



【 話し合って 確認し直しておかなければいけないこと 】や 

【 キチンと 片付けていかなければなければならない事 】が 

… 一杯あるんだよ …と 



彼女は そうした事さえ … いまから思えば 

なにがなんだか よくわかっていなかったのかもしれない。 



そのあと 俺は自分の仕事を なんとかしなければと 

個展をやり始めたり あれやこれや 結局は 落ち着きもなく 

キチンとした 計画も立てず 収支感覚さえ 

あいまいに やって居たのだと思う。 

いま思えば 落ち着きや 冷静さを 見失っていたような気がする。 

なにを やってみても 上手くは行かなかった。 

あせっていたのかもしれない…とも思う。 



ともかく 話し合う事が ことごとく 

もめごとに つながってしまう事に 参っていった。  

そうした事が いつまでも 改善されて いかない事に 

混乱してゆくばかりだったと思う。 



そのなかでも 子供たちは 育っていった。 

1991年〜1998年は… 

下のYMとMが もの心つく 2〜3歳から…10歳ごろまでの時期だ。 

1997年の春 Yが 中学を出て 東京に行くまで… 

5人家族で暮らした7〜8年間が その時期に重なる。 



子供たちとの関係だけは なんとか 楽しくしようと思っていた。 

もちろん ○子さんと もめてない時間も 多かった とも思う。 



しかし 子供たちが 学校に行くようになってからは 

○子さんは 勤めに行っている時間が 長い訳だし… 

○子さんが帰ってきてからは 俺が 作業場で暮らしていたのだから 

みんなで楽しくすごす時間は 少なかったようにも思う。 



その少ない時間の中で ○子さんとの関係の部分でだけ なぜ もめてしまうのか… 

それが わからなくて 一番 つらいこと だったような気がする。 



キット ○子さんのストレスも 大きかったのだろうと思う。 

それが たぶん 最初は Yに向けられる小言だったのではないかと思う。 

1997年に Yが居なくなったために 1997年から 1998年ごろ… 

【 YMへの家 宿題の強要 】のような形になって 現れていたような気がする。 





。。。。。。。。。。 




俺の飲酒は 1996年以降は 周りから見ても 

常習的で 節度を感じられなくなって いたのだろうとも思う。 

いつ頃から【 問題 飲酒 】と 見え始めていたのかは 

関係者に 訊いて観なければ 俺自身には わからない。 



【 彼女の視点 】に立って観れば【 俺に対する 不満の元 】は 

㈰俺が【 節度なく 酒を 飲んでいる事 】 

㈪彼女から見て【 仕事(金稼ぎ)を キチンとしようとしていない事 】 

㈫自分(○子さん)の【 人格や こころを 傷つけつづけている事 】 

 ・・・・・・ 

 たぶん…俺が いろんな女の子を 好きになって 

 「好きだ好きだ…寝たい」などと公言したり 

 ○子さんの事を いろいろと ひとに平気で話したりする事など。 

 俺の 無神経さが 彼女には たまらなく 痛かったのだろうと思う。 

 ・・・・・・ 

など など 俺の問題性が 彼女のストレスの原因だったのだと思う。 



【 俺の視点 】から見ての 問題性は… 

彼女が【 家庭運営の話に キチンと向き合おうとしない事 】 

お互いの 考え方や ポリシーなどや… 

【 これまでの問題点の 確認 】 

【 現状の 確認 】 

【 今後の方針の 確認 】に対して 冷静に 話をしない事。 



つまり 問題があるという認識は お互いにあるとは思っても 

なにが問題なのかを 話し合って確認して 改善していこうという前向きな姿勢が 

彼女に全くないことに 俺は 困惑しつづけていったような気がする。 



【 子供が居なかったら もっと早く 離婚できた 】??? 

…とばかりも 言えないと思う。 

いわゆる【 優柔不断 】のようなものだろうと 俺には思える。 

俺の…【 可能性を信じすぎる あきらめない…タチ 】と 

彼女の…【 変われない 変えられない…タチ 】…とが 

… 噛み合ってしまって いたのだろうと思う。 



。。。。。。。。。。 


こうして 確かめてみると やはり 

さまざまに 現実が混乱し始めたのは やはり 1991年ごろから 

○子さんと もめ始めてから なのだろうと思う。 




離婚しようと 言い始めてから(1995〜)…いつのまにか13年 過ぎて 

やっと 今年から【 離れて 】暮らし始めたことになる。 





もめごとが始まった1990年から…だと 18年になる。 






。。。。。。。。。。 




「世界平和のためにわたしたちはどんなことをしたらいいですか」 

…と 尋ねられたマザー・テレサの答えはシンプルなものであった、 





「家に帰って家族を大切にしてあげてください」。。。 







★引用:モリミさんの日記:「精神的貧困」アジアで最も栄えた国日本へ。 

記事:ミクシーコミュSaveChildrenCommunityより 
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モリミさん:ミクシー 
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子供救済SaveChildrenCommunityミクシーコミュ:  
http://mixi.jp/view_community.pl?id=139663 






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ミクシー07/08/25土 
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