HP風の広場   '05.12.17写真日記   MIXI

    セロテープとサランラップ 08.07.28月           Kテキストもくじ      もくじに戻る



■資料:セロテープとサランラップ  2008年07月28日07:58


 夏休みはなんと言っても、 

「ラジオ体操」と「玄関掃き」を思い出す。 



小学生の頃、毎朝、広場で 

ラジオ体操をした。 



前に出てきっちりと体操する人を真似ていた。 

ただ体を動かすことに意識が向いていたと思う。 



最近になって、ラジオ体操をしてみると、 

毎日続けることの意識の継続、 

関節の一つひとつをきっちり動かす意識の持続、 

呼吸を一回ごとに深くすること、 

など、改めて体中の血流を動かし始めるための 

ラジオ体操の奥深さに思いを馳せている。 

毎朝のたった10分間の達成感。 



これは「子供帰り」の現象なのだろうか… 





昨日は久しぶりに玄関の前をほうきで掃いてみた。 

黒い石の敷き詰めたフロアが 

白くなっていたのが気になっていたからだ。 



夏休みといえば、毎日の仕事は「玄関掃き」だった。 

ほうきとちりとりを持って、 

部屋から出されたごみを玄関で集め、 

仕上げにジョウロで水を撒き終了。 

夏の水まきは気持ちよかった。 



終わりが分かる仕事は達成感があったのだと思う。 

ときどき仕事をさぼっていると、 

祖母の「やったのか?」という確認の怖い顔が思い出される。 



掃除はやらされるものという思いできたけれど、 

最近自分で掃除をしてみて感じることは、 

掃除を通して、「掃く」こと一つとっても、 

空間をどこからどんなふうに掃いていけば効率よく、 

きれいにできるのか、 

なおかつ終わったときの仕上がり感や満足感を 

イメージしながら掃いている自分に気が付く。 



板の間を雑巾で拭いてみても 

素材を間近で見て、 

拭くことをとおして板の材質が感じられ、 

力をどの程度入れて拭けばよいのかを考えるようになる。 

材質が分かることは、それをどう扱えばよいのかが 

見えてくることなのかもしれない。 



たかが掃除と思っていたが、 

作法あるいは手順は、 

きっちりと、手早く、効率よく、 

最後にこんなふうになるというイメージを持って、 

できることの面白さが分かると 

楽しくなるものだと最近は思える。 



手順、作法、美しい身のこなし、 

茶道、華道、舞踏、美学、禅、おっとっと… 



話は尽きないが、着いていけない私がいる。 

最後は「心の在り方」なのか。 

AC的な私がいることで、 

どこまでも盛り上がっていきそうな心の在り方を 

現実に引き戻しているのかもしれない。 



でも、やらされているという意識から解放され 

自分でやっていることで 

見る、感じるセンサーやアンテナの部分は 

多く育っていると感じる。 



ひとり暮らしを楽しめるようになってきた 

最近の小さな幸せの現れなのかもしれないとも思う。 



もっと前から 

こんな暮らしをしていればよかったのか… 



でも、いつまで続くかなあと思いながら…(AC的) 




さて、本題へ 



ガソリンが高騰している。どこかに行くのにも 

ガソリンの消費を考えるようになった。 

効率よく、一回で用を足そうと思うように 

なったことはやや進歩したことだと思う。 



石油が暮らしを大きく変えてきたことを思い出している。 



高度成長とバブル崩壊。 

大量消費を基にした生活意識から 

逃れられない暮らし。 

とっぷりと浸ってしまった暮らしに、 

資源が無くなってきていることの 

警告ランプが点滅している。 

限りある資源。地球環境の危機。 

食物価格の高騰。そして、自然災害。 

全てがつながって身近に迫って 

きていることが実感できる現実。 



確か、低学年の頃 

壊れたガラス窓を張りもどすのに、 

セロテープが紹介されたコマーシャルを見て、 

なんて便利と思ったことがある。 

その頃は、きっと窓ガラス一つにしても、 

セロテープにしても、 

手頃な値段でどんどん買える 

暮らしぶりではなかった。 

便利さに憧れていた。 

夢見ていた暮らしがあった。 



高校の家庭科の夏休みの宿題で、 

食物の乾燥具合を調べてみたことがあった。 

一日戸棚の中に野菜やチーズ、 

豆腐などを置いておくと、 

見る見るうちに干からびていく。 

そして、カビが生えておしまい。 

その変化を記録して提出したことを覚えている。 



その当時、ラップはまだ出回ってはいなかった。 

あると便利だなと観察したときに思ったことはある。 

でもそう思っただけ… 



家庭科の評価では、発想はおもしろいが、 

なぜ調べようとしたのか、 

調べる方法やまとめ方に 

理論的な(教師を納得させる) 

工夫が必要であるなどの 

コメントが書かれていたと思う。 



今なら、ラップを掛けてしまえば、 

乾燥を少しは(かなり?)防げるようになる。 

形に合わせて薄いセロハン用紙で包めば対応できる 

そんな暮らしが当たり前になっている。 

疑うことすらしなくなっている。 



ラップのある暮らしが便利だなと思えた頃は、 

まだものの値段がそれなりに高くて、 

大量消費の暮らしはできなかったと思う。 



なぜ、その時、乾燥と食物の変化を 

テーマにしようとしたのかは思い出せないが、 



最近、地震が続くせいか、 

食べ物の保存と乾燥方法は 

これからの暮らし方に欠かせないものでは 

ないかと思えるようになってきた。 



先日、職場の人から、 

乾燥トマト入りのパンをご馳走になり、 

トマトを乾燥させることが面白いと思えたことが、 

この文を書こうと思ったきっかけだった。 



思いを糸でつないでいくと、 

するするといろいろなことがつながっていく。 





地球温暖化で、暑い日が続く。 

それを逆手にとって、 

乾燥トマトを作ってみようと思う。 



おいしい非常食をテーマに 

防災にちなんだコンテストが 

FMラジオで主催されている。 



「おいしい」をメインにしているあたりは、 

困り感が少なく、私も含めて 

危機意識はまだまだ低いのかもしれないが、 

そこを入り口として 

防災を考えてみようとするあたりは 

大事なのかもしれない。 



災害に遭ったら、 

そこから日常をどうやって維持していくかは、 

楽しさや 

具体的な目標設定(明日につながる希望)なしには 

続けていくことは辛いと思う。 



乾燥トマトを作ってみようと 

意気込んではみたものの、 

顔を出してほしい太陽が、 

ここ数日出ていない。 




確か、梅雨明けしたんだよね。 







。。。。。。。。。。。

引用:Kさん:セロテープとサランラップ  2008年07月28日07:58




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