幼少年期7.記憶1.(08.04.30水←08/02/26火) 2008年04月30日23:47
akiu 雲 幼少年期7.記憶1.(08.04.30水←08/02/26火)
引き出しの 隅に記憶の 宝物 雲:08年04月30日 23時36分53秒
幼少年期7. … 記憶 1.…
。。。。。。。。。。
古い記憶… 幼い頃の記憶は ほとんど忘れかけている。
いま ふりかえると たいがいは 後から得た知識で
その頃は 見えていなかった【 時代背景 】の方が
より ハッキリと見えていたりする。
今になってみると あのころ 当たり前だったことが
まったく別物のように見えている。
とりあえず いまなら 北海道や 沖縄どころか
アルゼンチンやら アフリカのどこそこと言っても…
なんとなく そこの雰囲気を思い描く事ができる。
しかし 俺が そう感じられるように なってきたのは…
たぶん 北海道に行ったあと18歳過ぎてからのような気がする。
それまで 俺には この宮城県の外に出た事は
小中学校の 修学旅行だけしかなかった。
だから テレビなどで見ている他の世界(日本も含めて)にも…
たいして現実のリアリティを 感じてはいなかったような気がする。
いまでも なんとなく覚えているが 中学の時
柔道部の試合などで たまに出かける 仙台市内の他の中学校でさえ
まったく 違う世界のように感じられていたものだ。
家から4〜5キロほどの仙台駅前も 高校になるまでは…
ひとりで行く事は ほとんど無かったので かなり遠く感じられていた。
いま…子どもの頃の感覚に立って 思い返してみると
あの頃から そして その後の 自分の
【 内面世界の 風景や視点の 変遷 】が見えてきて面白い。
こうして ひとりで居る時 いまの俺は…
外の世界がどうなっているか… そういうことを つい考えてしまうが
子どもの頃は そうではなかったと思う。
仮に考えたとしても 自分が知ってる範囲だけの
ほんの小さな世界のことだけ だったのだろう。
そういうことが こころの落ち着きや 目の前の事への集中には
大きな影響があるのだろうと思う。
本来 自分と関わりのある現実は そう多くは無い。
よく考えてみれば 多くの事は 記憶の中から
いまの自分に 働きかけてくるだけなのだ。
そして いったん記憶となった現実の情報は
時間や空間から解放されて 平等で 自由なものになる。
そんな感じだから 多分
判断に迷うようになってゆくのだろうと思う。
記憶の片付け… いままでの思いを もう一度
ほこりを払って 見つめなおす作業
そうした落ち着きが 少しずつできてきたと思う。
せっかくだから 落ち着いて
記憶の引出しを ひとつづつ さっぱり片付けて
あのひ夢見て 描いたものを 確かめていこう。
そのうち 元気になれる キッカケも
なんかかんか 出てくるかもしれない…だっちゃね♪
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コメント
■ 姐ちゃん 2008年05月01日 01:07
幼い頃の純粋な心が今も有るならば・・・何も迷うことはない。
・・・だっちゃね♪
● 雲 2008年05月01日 09:51
>姐ちゃん: ハハハ…♪ 俺は 純真な子供というよりは…
手の焼ける【 だだっ子 ズレッ子 】だったようです(笑)♪
いつも【 考え事 】ばかりしてたのは なんとなく覚えています。
そして 訳のわからないことを親に質問しては…
「お前は おかしな奴だなぁ〜♪」と言われていたような…。
でも… ある意味 それも【 子供らしい子供 】のひとつのパターン
だったと言えるのかも知れない…ちゃね♪
ひとりになって4ヶ月 やっと少し楽になってきた気もします。
集団生活だと 気を使いすぎて疲れる性格のような気がして来ました。
24歳から30年…共同生活をなんとかやってたけど…
けっこう無理していたのかもしれないとも思ったりします。
やっぱり ひとに合わせるのは 苦手なタチなんだな…と(笑)♪
【 お気楽すぎる性格 】と【 神経質すぎる性格 】と混在している。
そういう意味では 子供っぽいままの奴なんだろうな…などと
思ったりはします… だっちゃね♪
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参照