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2007年12月07日 16時05分39秒  楽しさを 書きためておく 夢日記♪

メモ:mixi日記より
家族16. 楽しさ 2007年12月06日15:00
akiu 雲 家族16. 楽しさ (2007/12/06木)





 家族16.   … 楽しさ …





。。。。。。。。。。

何もしなくても 現実は 生まれてくる。

でも なにかする必要も 出てくるものだ。

いま 俺に必要なものは なんだろう?

… 楽しさ 面白さ …

…が 欲しいと いつも思う。

どうせなら いつも 楽しく生きていたい… と。

ネットを 始めて4年目。

なんとか面白くしたいと… 思ってはいるが なかなか むずかしい♪

4年間の 今ごろの日記を読み返してみた♪(笑)



★2003年
■12月06日 14時21分33秒

それぞれの 雨の土曜日 遅い冬


かたすかし

柔道に「すかし技」と言うものがある
シドニーオリンピック重量級?・・で
日本人が苦杯をなめた「内股すかし」もその一つ。
肩透しを食らう」という言葉もある。
思ったように行かないこと!?・・・かな

人生なんて 年がら年中 肩透し?

ま のびり行きやしょう!


★2004年
■12月19日 17時10分15秒

風に乗せ みんなに贈る 詩をひとつ

       片想い


   『 片想いしてもいい…? 』
     そう訊く奴は変?

    夢ぐらい欲しい…だけなの。

   『 憧れつづけてもいい…? 』

    キミが好きだから。

    素顔のキミが可愛い
    はだかのこころが見えたから

    夢ぐらい欲しいの…。

    終わらない夢が。


    恋の終わりは 哀しすぎるから。

 
■11月25日 13時45分11秒

掲示板 ひとつにしたい 怠け者♪

『もうひと手間』の意欲。

めも:家族へ…
『虹の部屋』のトップページ自分らしい写真に変えたほうがいいのでは?
 (ふくろうの絵は『とりあえず』だった筈???)

『雲日記』04/11/25:事業計画:自営業計画:終のしごとづくり。????

インターネット上に・…

『ひとりひとつづつ』のお店(事業=しごと)

 =HPを作ることから始めませんか?

 みんなもうオトナです♪
 ヤフーには『一部営業可』の無料サイトもあります。

『アトリエ雲』(and『ゆめの森』)のコンセプトは『屋台村』です♪

『屋台村』キミのお店の『売り=商品=自信』は何?
  →『みんな』(読む人。聴くひと。観るひと。)…に質問♪

質問に 応えない人 心配よ♪

ひとつひとつの小さな屋台の個性が集まリ

活かされて元気で笑顔の…

『ゆめの里』が俺の理想です♪

♪…良い子が棲んでる良い町は…
      楽しい楽しい うたの町
   雀はちゅんちゅんちゅんちゅんと
   鍛冶屋はカチカチかっちんなぁ〜  ♪  …だっちゃ♪

秋保(あきう)町 なくなったとて ふるさとは
            今も変わらぬ ひとのふれあい♪

俺は『あきう雲』という店を作ってみようと思います。

タニさんの店作り手伝ったのは? 1983年頃だったんだろうか?

無くなってしまったネ♪…そういうことが虚しいんです。

『俺は死ぬまでココでがんばりたい♪ もう逃げたくはない!』

わかりますか?俺の気持ち・…。

『街に育ち 森に憧れ 里ごころ 少しうずいて 樹になる覚悟』

覚悟決め ココがおいらの バルビゾン♪♪♪

『自己管理』他者(ひと)のせいにはできないと




★2005年
05/12/06:写真日記


■12月06日 09時33分35秒


急がずに 確かめながら 生きてみる♪



↓につづく
。。。。。。。。。。

2007年12月07日 16時00分08秒  過去日記 アッという間の 4年間♪

↑からのつづき
メモ:mixi日記より
家族16. 楽しさ 2007年12月06日15:00
akiu 雲 家族16. 楽しさ (2007/12/06木)





 家族16.   … 楽しさ …




↑からのつづき
。。。。。。。。。。

★2005年
05/12/06:写真日記

■12月06日 09時33分35秒


急がずに 確かめながら 生きてみる♪


なんとかなるさ…ケセラセラ♪ あわてて 見失わないようにしたい。
急いで 見落とさないようにしたい。

忙しさの中で 大切なものを忘れてゆく時代だからこそ…。


■メモ:雲12/6火 曇り:

みんな 『独り言』に気づかない すれちがい。


 確認         05.12.06.火


 会話も対話もない。
 自分の用件を発信してるだけの
 ひとびとの 一方通行。
 問い掛けることも 答えることも
 しない ひとびと。
 『思い』が どこに どんなふうに
 届いたか 消えたか の
 確認もしないひとびと
 思い込むことで
 聴いたと思い込むだけの ひとびと。
 言葉だけで
 わかったと思い込む ひとびと。

 鏡の向こう側の世界に映った
 自分の姿とその背景。
 鏡さえ見なければ
 見なくて済む自分。

 映さなくても
 他人からは見えてしまう自分に
 気づかない ひとびと。

 美しく見せようと 鏡に向かうひとびと
 鏡だけ見てても 美しくはなれないし
 
 鏡を見なければ
 自分の汚れは 見えにくいし

 生きることと 見ること
 やることと 確かめること

 確認は 大切な気がする。



★2006年
■12月19日 08時53分49秒

哲学も自給自足の自立性  俺の憧れ 野良の百姓

百姓を空から見てる浮れ雲 …自戒and反省


■memo:

フリ-ター 臨機応変 学ぶ道  雲 - 2006/12/19(火) 08:46


単作で土壌を涸らす専業化

視野狭い専門バカは危険物

やわらかな雑木林の保水力

フリーター大樹を枯らす(にすがる?)蔦蔓

人類が増え過ぎている青い星

100年の見通しもない時代性

少子化の社会を産んだ過去の無知

華美嬌奢環境破壊無反省

奢る者自然淘汰の自然界

奢りゆく大樹の陰に生きる意地

犯罪のウィルスを撒く経済化

モニターに酔い痴れているオタクたち
(いまの…オレ? …大反省…だっちゃネ!♪)


百姓は空を見つめて風を読む




。。。。。。。。。。

2007年12月06日 13時23分11秒  みな同じ 人間だよと 伝え合う♪

めも:mixi日記より
家族15. 共感 2007年12月06日13:07
akiu 雲 家族15. 共感 (2007/12/06木)





 家族15.   … 共感 …






。。。。。。。。。。

個人同士の 理解や 共感は あんがい

難しいものかもしれないと思う。

一緒に暮らしてきた 家族が…

お互いのことを どれくらい理解し

どんなふうに 共感できるか?

最近は そんなことを 考えたりする。

 ・・・・・・・・

精神科の患者という 日本では まだマイノリティーのような患者同士

ひとりひとりの 孤独感や 社会からの疎外感は

あんがい 大きいのだろうと思う。


アル中の… 自助グループに行って

話したり 聞いたりしていて こころが落ち着くのは

そこに共感や 共通理解があるからなのだろうと思う。


AC 統合失調症 パニック 障害 PTSD うつ…etc.

機能不全家庭 共依存 学習的絶望感 リスカ とらわれ 摂食障害…etc.

さまざまな 病名や 症状の 言葉が飛び交い…

なんとなく それがわかる感じになってくる。

そう あくまで わかる…感じ。であって

専門的に どこまでわかってるかは わからないのだが…。

一般人の理解とは おおむね そのぐらいのものだろう。

大切なことは そこに 共感や 思いやりが産まれるかどうか?

…ではないのかと 最近 思うようになってきた。


話していて 誰かが うなずいたり 笑ったり…

反応があると…やっぱり 嬉しい感じがする。


みんな黙って聞く。コレがルールなのだが…


結構 笑いなどの 反応が出ることも 多いのだ。

ひとりひとりを 見ていると うつむいたり 目を閉じていたり

あるいは 話し手を見ていたり

テーブルにうつぶせて 寝てるみたいだったり

さまざまなのだが 話のある部分で…うなずいたりetc.の

ちいさな反応が 見える。

そうしたことで お互いが無関心ではないことが 感じ取れるのだ。

みんな なにかを感じたくて 得たくて…

… 一緒に この場に居る …そんな実感がある。


みんなが みんなのこと…そして自分のことを 思いながら…

不安なこころを静めて…少しだけ 安心して 落ち着いて

みんなのこころを 見つめ合っている。

なにもできなくても

お互いの回復を 祈りあっている…そんな気がする。

。。。。。。。。。。

54年… 生きてきて…

そういう場は どれだけ あっただろう?…と思う。

教会に行ったこともある… 座禅やってみたこともあった。

でも 思いつき的な 三日坊主ばかりだったと思う。

俺にとっては…日記を書いてるときが

少し似ている感じだったかもしれない。

あとはTVや映画を見たり 小説を読んでいたとき…etc.かな?

でも 他者と一緒にそうした 時間や空間を 共有共感することは…

無宗教で 一匹狼型の感性の 今までの俺の日常には

組み込まれては いなかったと思う。


いつも独りで 悩み 考え 祈っていた。


みんなが 同じような思いを抱き

同じように苦しみ 迷い 考えあぐねながら生きている。

そうした現実感を 実感できることが なぜか 安心につながる…?

10ヶ月ほど 週3回 自助グループに通い続けて…

そんな感じがしている。


現実の見方が 少しずつ 変わっていくのが感じられる。


↓につづく
 ・・・・・・・・

2007年12月06日 13時13分02秒  ひとりごと 風のたよりが はこぶ愛♪

↑からのつづき
めも:mixi日記より
家族15. 共感 2007年12月06日13:07
akiu 雲 家族15. 共感 (2007/12/06木)





 家族15.   … 共感 …





↑からのつづき
。。。。。。。。。。



 ・・・・・・・・

無理しなくてもいい 隠さなくてもいい

カッコつける必要なんかない ありのままでいい

苦しいときは 苦しいと言っていい

わからないときは わからないと言ってもいい

まちがったら まちがったと言い

悪かったと思ったら 悪かったと 言えばいい。

みんな同じように生きているのだ。

誰だって 病むことも 傷つくことも 疲れることもある。


完璧なひとなんかいないのだ。


許し合い 祈り合い 信じ合い 励まし合って

愛し合って 生きていくことのが 人間ではないのか?


いまの 俺は そんな感じがしている。


。。。。。。。。。。

信仰もなく 宗教的な日常の行事も 年間の祭事も…

なにも関係ないと思って 生きてきたけれど…

★日々の祈りの時間★…は あんがい

大切なものなのかもしれない… などと あらためて思う。

俺の 家庭… 家族の時間は もう過去になってしまっているけれど

これから それを作っていこうとしている 子供たちには…

一言 伝えておきたいと思う。

子供たちと… 家族みんなで… みんなの幸せを一緒に祈る。

そう言う時間を 毎日の暮らしのどこかに

組み込んでおくといい…かもしれない…と。


。。。。。。。。。。

2007年12月05日 22時37分10秒  子供たち 育てていけよ 自分の目

めも:mixi日記より
家族14. 親子 2007年12月04日12:51
akiu 雲 家族13. 親子 (2007/12/04火)





 家族14.   … 親子 …






。。。。。。。。。。

理想とは けっして風化してゆくことのないもの…

現実の「 骨 …骨格 」のようなものではないかと …俺は思う。

。。。。。。。。。。

子供たちに いつも …言っていた。

「とうちゃんみたいに なるなよ!」…とか

「そんなこと やってると とうちゃんみたいに なるぞ!」…とか。

 ・・・・・・・・
「それが嫌だった」…と 長男のYが 先日言っていた…と

昨日 かーちゃんから聞いた。

俺は「 へぇー! 」と 改めて思い…



そう言えば 最初の子が 生まれた後 奴が…

「俺は… 俺みたいになるなよ …と言う 父親にはならない。」

…と 言っていたことを 思いだした。


まぁ…そんなもんだな とも思った。

子供に何を言うかは あんがい難しいものだ。
 
「俺みたいになるな!」と言えば…とりあえず責任逃れができる?

俺は そんな風に思っていたのかもしれない。


世間に出て 広く世界を見て いろんなひとを見て

どんな人間になりたいかを

自分で考えて判断して 決めていってほしい。

そういう思いだったと思う。

 ・・・・・・・・

きっかけはチョットした事だった。

Yが4歳ぐらいの時 街に行って公園で

よその子と遊んでいるとき Yが… その子に

「と−ちゃんは 有名な彫刻家なんだぞ!」と 言ったのだ♪


あのころ 俺んトコには 地元TVや新聞の取材が来たりしていた。

手作りで家を作った…とか 彫刻やってたり… 子育てしてたり

受けそうなネタが多かったから…だ。



そういえば 一度だけYを連れてスタジオ収録に行ったことがあった。

放送にはYも映っていて… 記念にビデオを撮っておいた。

( 向こうは できるだけカットしたのだが…
 見事にシャシャッていて…カットし切れなかったのだ…笑♪)

3歳ぐらいのYが チョロチョロとインタビューの邪魔していて

アナウンサーが焦ったりしてて…

やたら面白かったので なんども観ていたのだ。

 ・・・・・・・・
メディアは チョットしたネタを

膨らましてでっちあげるのが商売だ。

よかれあしかれ 事実は歪曲され 現実は夢となる♪

子供は それを実に素直に 受け容れて 信じ込む♪

TVがとうちゃんを「有名な彫刻家」らしく放送していたから…

奴は 素直に そう思ったのだろう♪


…俺の責任ではないっちゃね!???


。。。。。。。。。。

そんなわけで こりゃぁマズいなぁ〜って訳で…

それからは そうした世間の風聞や 噂話 … ★ 嘘八百の幻想 ★

…に惑わされず 真実を見失わないように

…との思いを込めて…


「とうちゃんのようになるな!」…と 言ってみていたのだが?


そう言えば言ったで… それを すなおに 真っ正直に 受け取る。



子供とは 何とも単純で 面白い生き物だと思う♪





。。。。。。。。。。

2007年12月04日 18時23分40秒  現実は 小説よりも 面白い♪

めも:mixi日記より
家族13. 理想 2007年12月03日15:10
akiu 雲 家族13. 理想 (2007/12/03月)





 家族13.   … 理想 …






。。。。。。。。。。

俺は ★ 理想 ★が 好きだ。

願わないことは 実現するはずもないと思う。


だから 俺は いろんなひとの人生を 観るのが好きだ。

。。。。。。。。。。

家族というと…

映画「サウンドオブミュージック」のモデルになった

「トラップファミリー」を 最近は 思い出す。

たしか今年の夏ごろNHKで その特集を観たからだ。

 ・・・・・・・・

ナチスから逃れ… 無一文になって アメリカに渡り

トラップファミリー聖歌隊として 旅回りしながら

郊外に 土地を求め みんなで家を建て

公演と自給自足の生活をしながら 力を合わせて 暮らしていった家族。

長男は戦争から帰って来て学校へ行って医者になったという。

二男は結婚して 牧場経営。

娘たちも それぞれ結婚し 家族は離れて暮らすようになり

聖歌隊の活動は 終わったけれど。

家は トラップファミリーロッジとして 宿泊施設にして

今なお 末っ子が 経営していると言っていた。

TV取材で 一家のことを語っていた次女のマリアは

90歳を超えているが 活き活きとして明るく元気だった。

彼女は40代で単身パプアニューギニアに渡って

30年以上も 福祉活動をしていたという。

 ・・・・・・・・
70代で アメリカに戻った。 

ニューギニアで出逢った 現地の少年が

勉強して 医者になりたいと言うので 養子に迎えて…

いまは大学生ぐらいになった その子と暮らしている。

 ・・・・・・・・
彼女が語るトラップ一家の歴史は まさに俺の理想を

そのまま 実現したような現実に 思われた。


映画「サウンドオブミュージック」で

ジュリーアンドリュースが演じた 若い 後添えの母親マリアは

渡米後も あんなふうに アイデアや 明るさや 元気で

家族の講演活動のマネージャーとして 7人の子供たちの母として

パワフルに 生きていったという。


女の子たちが 梁の上にのって家造りをしていたり…

馬の手綱を引いて 畑を耕している 写真などが

ロッジの廊下の壁に たくさん展示されていて

当時の生活が 目に見えるようだった。

次女のマリアの話にも なんだか 現実とは思えないような

ディズニー映画(?)みたいな 暮らしが…あった。

 ・・・・・・・・

経済的にも 肉体的にも けっして ラクではなさそうなのに… 

あったかくて たのしくて みんな仲良く協力しあって 生きている。

そんな家族… 家庭の雰囲気が 伝わってきた。


暮らしの中に いつも 唄(音楽)があった…

…とも マリアは 言っていた。


観ていて 俺は なんだか 思わず 涙ぐんでしまった。

俺が 信じ続けてきたことは けっして… 夢や幻しじゃない …

★ やれば できること ★…なんだ と思えた。


。。。。。。。。。。

現実には まだまだ いろんな事が あったのだろうと思う。

さまざまな苦難や 問題も…

でも マリアの語る 一家の歴史は本当だと思える。

そんな風に語れる者が 居るということが

語り続け 語り継がれてゆくことが…


それを証しつづけて ゆくのだろうと思う。 



理想とは けっして風化してゆくことのないもの…

現実の「 骨 …骨格 」のようなものではないかと …俺は思う。




。。。。。。。。。。

2007年12月03日 10時01分08秒  親よりは 賢くなれよ 未来の子♪

めも:mixi日記より
家族12. 共生 2007年12月02日00:42
akiu 雲 家族12. 共生 (2007/12/01土)





 家族12.   … 共生 …





。。。。。。。。。。


土地… 環境… とは いったいなんなのだろう?

平等とは いったいなんなのだろう?




自然界は 全体でひとつの命のように 生きているのだろうと思う。

近年 … 共生 …という言葉を よく耳にするようになった。

環境や共生というキーワードで

自分を取り巻く世界を見て見るのも 面白い。

 ・・・・・・・・

アル中病院で 共依存という言葉に出逢った。

共依存と 共生は 同じようなもののように 見えてくる。

問題があれば 共依存といい… なければ共生…?

そんな感じ なのかもしれない。

関係する命が みな快適ならば…共生。

そこに 持続性を疎外する問題が生じる場合が…共依存。

 … かな???



そうした視点で 家族などの人間関係も 見てみると面白い。




「 ひとはひとりでは生きていけない… 群れていなさい。 」

…と 医者は言う。



赤ん坊や 子供は まさに その典型だろう。



家族の 一番目の意味は まさに

その子供たちを守り育ててゆくための 共同体だろうと思う。


子供たちを 守り育ててゆくのは 大変な仕事だと 俺は思う。

でも… それは どんな経済効果があるというのか?

何のメリットがあるというのか?



お金稼ぎ お金儲けに 奔走しているひとたち…

効率化や 開発競争に 躍起になっているひとたちに

訊いてみたいものだと思う。



個人(=自分=エゴ?)にとって 子育てほど

無意味なことは 無さそうではないか?

手間を掛け 金も掛け 気を使い くたくたになって…

金利がつくわけでもないし 高く売れるわけでもないし

あげくは 親が年老いて 使い物にならなくなったら

介護士や 老人ホームや ホスピスに お願いされて… おしまい♪

現代の 合理主義は そうして なんでも

お金を出して プロにお任せしていけばいい

…という風潮になっているが?



ほんとうに それで 人間のいのちは…

心身 … 体とこころ … は

心地よく 生きていけるのだろうか?



オトナだって 事故や老齢化(加齢)によって 誰もが いつかは

傷病や 障害など ひとりではどうしようもない状況に

陥ってしまうことからは 逃れられないのが人生というものだろう。

そうした時のケア…には メンタルな環境要因が

大切なものなのでは ないかと 俺には思える。



子供たちだって 同じこと。

いや 親や家族たちから 引き離されているときの

こどもたちの不安は オトナが想像する以上に

…大きなストレスになってゆくのではないかと 俺は 思う。



全てのケースとは言わないが…

どうみても 経済効率主義的な 多人数一括保育の 企業保育は…

健全な マンツーマンの人間関係を じっくりと形成してゆくには

向いていないように 俺には 思われるのだが…?



落ち着きや 安心のない環境は

情緒不安を 引き起こしやすいのではないかと思う。(ACの種まき?)



ニワトリでさえ 効率主義的な大量飼育と

庭先の放し飼いでは 顔つきも 羽根の色つやも

品格も 個性の豊かさも 逞しさも…

全く違って来るものだ。



状況が許されるなら 人間だって 子供は 親のそばで…

守られながら 安心して 親に学んで育ってゆくべきだろうと俺は思う。



金や時間の問題でも 親の知識や能力の問題でもないのだと思う。

愛する…こころ。 子供を 受け容れる… 邪魔にしない…こころ

…の問題 なのだろうと思う。

一緒に生きてゆくこと… ★ 共生 ★ …の

覚悟や 実践を 肌で伝えてゆく 必要があるのではないか…と



…俺は 思うのだが…。



そして 子を産んだ親たちが

安心して そうした子育てができるように

環境を…作り 見守ってフォローしてゆくことが

社会… 周辺のオトナ達の …

ほんとうの子育て支援の 仕事ではないのだろうか?…と。




。。。。。。。。。。

2007年12月02日 10時12分03秒  壊さずに 育てて活かす 地の恵み♪

めも:mixi日記より
家族11. 平等 2007年11月30日09:57
akiu 雲 家族11. 平等 (2007/11/30金)





 家族11.   … 平等 …





。。。。。。。。。。

俺は 次男だから…

仙台の あの家は 俺のゴールではないと…。

…そんなふうに 思えていた。

。。。。。。。。。。

日本の文化は 朝鮮半島文化の流れを汲んで

基本的に 儒教文化の影響が強いようだと思う。
(中国の 革命以前の市民社会は道教的な信仰心が強いらしいが…)

俺は次男だから…と思うのは その影響だろうと思う。

家制度… 家督制度は 現代は すでに廃止され

兄弟は 生まれた順番も男女も関係なく 平等とされている。

相続…世襲制度は なぜか 残っている。

親の因果は なぜか 物理的に 子に伝わる。

お金持ち 物持ちの子に 生まれたら…

物質的には もうかる仕組みになっている。


俺の育った家は そういう意味では どちらかと言えば

いわゆる ★恵まれた家★ …のほう だったと思う。

でも 家はひとつしかなかったので

この家を継ぐのはアニキ(長男)だと 当然のように思った訳だ。

。。。。。。。。。。

以前 バングラディシュの 人口問題のレポートの中で…

農村の解体の危機の話を 聴いたことがある。

近代の平等化の中で 農地を平等分配していった挙句

一世帯分の土地が小さく分割されてしまって

結局みんな食えなくなってしまって

土地を売って町に出て行くしかなくなってしまう…と言う話だった。

この話を観て 俺は すぐに納得できた。

学校や 世間で 習ったわけではない。

子供の頃から オヤジにこういう話を 聞かされて育っていたからだ。

 ・・・・・・・・

「 相続の時は みんな黙って判子を押せ! 」

爺さんが いつも そう言っている…と オヤジは言っていた。

百姓の土地は…個人のものではなく ★ 家のもの ★

…だと言う事 らしかった。

★ 家のもの ★ ⇒ ★ 先祖代代のもの ★

こうした言葉の現実感が わかる人は

いまの日本の社会では

かなりの少数派になっているのではないだろうか?



土地⇒自然環境…も 生き物だということ。

そして その育つ時間や 寿命は…

人間ひとりの それとは ずいぶんと違うのだということ。

そういうことを 爺さんたち…昔の百姓は

当たり前に知っていたのだろうと思う。


いまも 多くの百姓達や 林業者は…

自分の目先の利益にはならない事を 淡々と続けながら

土地を 守り 育てつづけている。


中には 自分が手に入れた 平等分の権利だからと…

田畑山林を 開発業者に売り払って 豪邸を立てたり

息子達に 高級外車買ってやったりして…

いわゆる 贅沢な暮らしを 謳歌していく者たちもいる。



土地… 環境… とは いったい なんなのだろう?

平等とは いったいなんなのだろう?



。。。。。。。。。。

2007年12月02日 10時03分53秒  受け取った バトンに沁みた 汗の意味♪

めも:mixi日記より
家族10. ゴール  2007年11月29日15:42
akiu 雲 家族10. ゴール (2007/11/28水)





 家族10.   … ゴール …





。。。。。。。。。。

人生のゴールは … 死 …だと 思う。

では… 家族のゴールは?

 ・・・・・・・

… 俺は いつの頃からか …

ゴールを決めて 歩くようになったような気がする。

19歳で 家を出たときは…どこに行くのかさえ わからなかった。

でも どこかに行こうと…決めて とりあえず 北に向かった。

決めなければ 歩き出す事さえできない。


阿寒湖の店を 出るとき…

自分が 仙台に向かっていると 思えた。

日本を見て歩こうと 家を出たはずだったのに…



阿寒からヒッチハイクで 釧路まで行き

釧路から 札幌行きの列車に乗っていた。



旅は どうなってしまったんだろうと思った。

なぜ 俺は…仙台に 帰ろうとしているんだろう?と 思った。



まだ 北海道を少し回っただけじゃないか

日本を見たなんて とうてい言えるわけもないじゃないか…と



目的は なんだったのか ゴールはどこだったのか?

それさえ あいまいなまま 歩いている

そんな 自分が居ると思えた。



やろうとしたこと… やると決めたこと…

阿寒湖で3年間 木彫りの修行すると…

オヤジさん(床ヌプり氏)と約束したのに



1年もしないうちに やめてしまった自分。

申し訳ないと思った。 悲しかった。 惨めだった。



高校中退に続いて…

またひとつ 中途半端な…人間…の 自己証明。



自分で生きてゆく道を探して 仙台の家を出たはずだったのに

中途半端なまま また そこへ戻ろうとしている自分が…

恥ずかしく 惨めに思えていた。

 ・・・・・・・・



… 俺は 次男だから …


俺が育った家族の… 仙台の あの家は


 … 俺のゴールではない … と。



 …そんなふうに 思えていた。




。。。。。。。。。。

2007年11月30日 11時04分39秒  無理やりで 疲労困憊 近代化♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 家族9. 休日 (2007/11/28水)





 家族9.   … 休日 …








きのうのつづき

。。。。。。。。。。

話がそれてしまったが…

向こうの 道端の工房を眺めていて 思ったのが

のんびりと仕事している…ということだ。

動きは しなやかで ゆるぎないのだが

なんと言おうか 忙しそうな感じや

根を詰めているといった「 リキミ 」がない。

いわゆる 自然体でリラックスしている感じがするのだ。



それに 朝早くから…夜まで 1日中仕事しているが

途中お茶を飲んだり 話したりと ゆとりがある。



けっして 接客の店ではない工場なのだが

せかせかと ★働いている★と 言うより

日々の暮らし そのものの流れを こなしていると言う感じだろう。

それを観ていて 俺は子供の頃 周辺にあった世界を 思い出した。



あの頃は 友達の家にも

職人さんの家や 家内工業的なトコも多く

遊びに行くと仕事場で 友達の父ちゃんが

「おお!…お帰り!友達か?」とか

「オメェー どこんちのガキだ!?」…なんて

声かけられたりした。



黒光りした床に座って 板金叩いたりしてる

友達の父ちゃんの仕事姿を 見てるのが 面白かった。


うちはサラリーマン家庭だったから 仕事場も無かったし

父ちゃんがどんな風に仕事をしてるのかさえ 知らなかった。


休みの日の姿しか 見てはいないのだから…

休日の父ちゃんは 庭の草取り…あと 何してたったっけ???



普通の日の夜は たいがい

飲んで 酔っぱらって 遅く帰ってくるか…

酒飲みながら 晩飯食って TV見ながら酒飲んで 寝てしまう…。

その どっちかのパターンだったような気がする。

 ・・・・・・・・

そうして考えてみると

俺は 子供の頃 オヤジの★ 休日の姿 ★だけ

目に焼き付けて…育ったんだなぁ〜と いまさらながら思うのだ。

家の中で 毎日 朝から晩まで 働いているように見えたのは

どう見ても 母ちゃんの方だった。



共稼ぎだったから…母ちゃんも 父ちゃんも

家に居ない時は 仕事してるんだろうと思っていた。
(いま思えば 仕事の実態は全く分からなかったのだが…)

でも 母ちゃんは 家で毎日… 夜も 休日も

なにかと働いている姿のほうが 焼きついている。

主婦には 休日が無い… 確かにそんな感じだったと思う。


。。。。。。。。。。


… 休日 …という概念は

勤め人社会になってきて はじめて

常識化してきたのだろうと思う。



農家や 家内工業的生産社会では…

その業種ごとに 季節などや 仕事の状況によって

もっと フレキシブルな休日の 取り方があったのだと思う。



「 今日は 休みだから仕事しない 」…ではなく

仕事の区切りがいいから… 手が空いたから…

疲れたから… 季節が変わったから…など

状況に応じて 自分自身で判断して 休みを取る…

そうした 休みの取り方が 自然に身についていたように思う。


 ・・・・・・・・

その代わり 決まった休みは 年に何回かしかなく…

仕事や 天候の状況によっては

いつなん時スクランブルがあっても

すぐに動けるような 対応の備えをしていたのだろうと思う。

言ってみれば レスキュー体制を備えた状態で…



問題の無い時は 毎日が 仕事でもあり休日でもあるような…

フル稼働ではない ゆとりを残した日常感覚で 仕事をしていた。

…のではないだろうか。



俺が ネパールの道端や 昔の日本で見た…

職人さんたちの仕事のスタンスにある…のんびり感覚。

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現代の いわゆる先進社会の 仕事の仕方には

それが無くなってしまっているような気がする。


いつも 張り詰めてばかりいる糸は やがて切れてしまう。



現代人の こころの脆さ…が

そういう風に 見えてきたりもするのだが。





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2007年11月29日 16時38分47秒  休日は 静かにしてと 叱られた♪

めも:mixi日記より
家族9. 休日 2007年11月28日02:33
akiu 雲 家族9. 休日 (2007/11/27火)





 家族9.   … 休日 …





。。。。。。。。。。

何もしなくても 現実は ある。

よく「 主婦だって 休日がほしいわ 」…と 言うが

幸か 不幸か 俺の生活観にも…

休日という感覚が ほとんど無い。

まぁ ずっと年中休日だったようなもの かもしれないが…

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1987年の11月 ネパールに行った時…

道沿いに 職人さんの店が たくさんあって
立ち止まっては 長男のY(5歳)とふたりで眺めていた。

向こうは まだ 手仕事が殆んどで…
たいがいは 単純な道具だけ使って
器用に 変幻自在に 素材を加工していくので
まるで大道芸を見ているような感じで 面白かった。

あの時は 彫刻仲間のAとその娘のAY(5歳)と
父ふたり子ふたりの 4人の珍道中だったのだが

カルカッタから カトマンズと
10日ほど一緒に動いて
観光地めぐりに気ぜわしい Aのペースに参って
カトマンズの2日目から 俺とYは別行動にして
泊まっていた安ホテルの 周辺の町中を
ぶらぶら 眺めながら 遊んで歩いた。

道には インドみたいに 牛が歩いていたり
寝そべったりしていたし…
露天商も やたらと多く 何かと声を掛けてきた。
中には まだ小学生ぐらいの 子供たちも多く…
5歳のYと たいして違わないような子も 逞しく商売していた。

アッチでは 定価ってもんが 全くわかんなくて
同じようなものが 店によって値段が大きく違ってたし
手作りのものが 殆んどだったから
質の良し悪しも 素人目にはよくわからない。

ある店で Yに着替え用(兼お土産)と思って
現地らしい 綿の手編みのシャツを見つけて
また後で来ようと… 午後になってから行ってみたら
午前の倍ぐらいの値段だという。
そりゃぁねぇだろう…と いろいろと ごねてみたが

その値段は 俺の値段じゃないと 頑として譲らないのだ。
同じ店で 店員によって値段が変わっちゃうのだ♪

でも どっち道 日本人にとっては 安かったので
結局は 買って 向こうでも 役に立ったのだが
帰ってきて 不用意にも洗濯機で洗ってしまったら…

なんと… ばらばらに解体してしまった(笑)


ありゃ… テーマは休日だったっけ!?


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2007年11月28日 12時33分00秒  リサイクル 森のいのちに むだは無い♪

めも:mixi日記より
家族8. 生まれるもの・作るもの 2007年11月26日18:37
akiu 雲 家族8. 生まれるもの・作るもの (2007/11/25日)





 家族8.   … 生まれるもの・作るもの …





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何もしなくても 現実は 生まれてくる。

否応無く 変化してゆく。

問題が 生まれることもある。

たとえば 今ごろの季節…

毎年 冬がくるわけだが おととしの12月31日…

雪で テラスがつぶれた。

問題が生まれた時 それを解決する必要が生まれる。

あの時は 珍しく すぐに片付けた。

しかし その後は 軒下スペースが無くなったので不便になった。

便利にしたければ もう一度 テラスを作ればいい…のだが。

作るのは そう簡単でもない。

金も要るし 安くやろうと 自分でやるならば

時間や 知識や 技能が 必要となる。


今年の春 庭に野菜を蒔いた…

土を作り 畝を作り 道を作り

100種類ぐらい なんだかんだと 植えてみた。


7月末から 動けなくなった… ので そのままに成ってしまった。

でも けっこう 勝手に育って

殆んどのものが 根を残したり 実をつけて種を残している。

 ・・・・・・・・

そんな風にして 25年間 訳もわからず

中途半端に暮してきた この庭の中にも…

作ったのか 生まれてきたのか わからないほどに

いろんな草が 生えている。


作ろうとしたものが なかなか うまくいかなかったり

勝手に 生えてきたものが あんがい ありがたかったり


そんな風に 現実が流れている。


。。。。。。。。。。

だれしも 問題は 起きて…生まれて…欲しくないだろうと思う。

しかし そうそう 思うようには 行かないのが現実だろう。


だから 問題が起きた時どうするか?

…の 対応が大切なんだろうと思う。


何もしなくても 現実は 生まれつづける。

それが 自分に都合のよいことばかりとは 限らない。


少しだけでも 自分の思いを遂げたいならば…

なにかしなければならない事も あるだろうと思う。


問題が 起きないうちに未然に防ぐ為には

せめて よく見たり 考えたりして

いまできる事は やっておく方がいいと思う。


25年間 俺は なにをしてきたのだろう?

俺の親父は 土木屋だった 戦後日本の 経済成長の波に乗って…

道路を作り 橋を作り 団地を作り ゴルフ場を作ったと…自慢していた。

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それを なんとなく見ながら 俺は育ったのだろうと思う。

でも いつのころからか … なんか ちがう …と

感じ始めていったような気がする。


「作ること」が まるで「壊すこと」のように

見えはじめてきていた …ような気がする。


戦後の日本が 作っていった近代社会…からは

何も生まれてこないような そんな感じだったのではないかと思う。


より踏み込んでいってみれば…

彼らは 問題の無かった所にまで

問題を 作り拡げ 続けてきた だけだったのではないか



そんな風にさえ 思えてくるのは 俺だけ なんだろうか?



。。。。。。。。。。

2007年11月26日 17時45分48秒  共依存 分離手術は ひとつずつ

めも:mixi日記より
家族7. 対話 2007年11月25日10:43
akiu 雲 家族7. 対話 (2007/11/23金)




 家族   … 対話 …



。。。。。。。。。。

泣き言は 言いたくないけど…

本音を言えないと こころが 疲れてくるような気がする。

心の中 思いの中 考え…etc.は 綺麗事だけではない。

ただ 何が綺麗で 何が汚いのか…それさえ わからないことも多い。

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俺は なんでも ★ 本音で話し合える家族 ★…を

作りたいと思っていた。

世の中では 日本の現代社会では たぶん…

家族… 夫婦や 親子などの「 対話 」は…

「 大切なこと 」だと 言われているように思う。

だから 対話を大切にしようと思ってきた。


対話…は 宣言でも 命令でも 報告でも 連絡でもないと思う。

お互いに話し合う…から 対話だろうと思う。

しかし 世の中には 話上手も居れば 話下手も居る。

話が苦手なひとが 話さなければ

いつまでも話せないままになるのは 当然だろうと思う。



赤ん坊の頃は 誰も 話したりはしない。

話も 運動などと同じように…

学んで 訓練して 身に付けていくものなのだろうと思う。


自助グループでは 言いっぱなし 聞きっぱなしで…

話し手に 干渉してはいけないルールなので…

余程のことが ない限り 誰でも 自由に話せる。


しかし これも対話とは 言えないのだろうと思う。

テレビを見て 独り言を言っているようなものに近い。


対話とは 相互の話を 確認し合ながら 一緒に

同じテーマへの認識を 深め合ってゆく作業

…の ような気がする。


「 言いました! 」「 聞きました! 」 …だけでは

★ 対話になっていない ★ …ような気がする。


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… 対話 …とは

認識の共有 共通認識 共感

 …の 形成 確認作業だと思う。

それが あんがい みんな わかっていないような気がする。


自分の考えや思いに 執着し続けているひとたちの対話は…

物別れに終わることが 多い。


さまざまな考えを 受け容れるには

視野を広げることが 必要だろうと思える。

自由な視点や 自由な想像力 

常識にとらわれない 柔軟な現実観などが 大切だと思う。


対話には 想像力が不可欠だろうと思う。

そして いままだ無いものを生み出してゆくには

 …創造力も 必要になる。

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つまり…

創造的な想像力を持った者たちが 対話し合ってゆく中で

新しい明日への 客観的で現実的な ビジョンを

構築してゆく事が 可能となるのだろう



…と 俺は思う。



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2007年11月26日 17時36分55秒  頑なに 心閉ざせば 闇の中 

めも:mixi日記より
家族6. 愛 2007年11月24日20:18
akiu 雲 家族6. 愛 (2007/11/24土)






 家族6.   … 愛 …






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入院中の ある時の ミーティングは

「大切なもの」というテーマだった。


家族や いのちや お金など…それぞれ切実な話が出た。

…俺は 笑われるかもしれないけど…と 前置きして

「 俺は やっぱり … 愛 … だな 」と 言った。


昨日のAAで いまの 正直な思い…は

「 愛されたい… という感じかもしれない 」と 言った。

俺は いままで … 何かを 愛することや 愛されること…に

支えられて 生きてきたような気がする。

 ・・・・・・・

「 誰か 」ではなく「 何か 」と書いたのは

たぶん 人間の他にも 多くのものを

愛して来たような気がするからだろう。


以前 ひとりぼっちだと感じていたころ… 神様を探していた。

なにかにつけて 神様を思った。

でも 何を訊いても 神様は答えてはくれない…そんな気がした。

そんな日々の中で いつも 日記を書いていた。

ただ なにもわからずに 書いている日記だけが

自分が生きている証だったように いま 思う。  

あしたどうなるか 見当も付かなかった。

確かな目的も 夢も 予定も 計画も なにもなかった。

あしたまで生きていけるかかどうかの…自信さえ なかった。

頼りない自分の 思いを 自分に語りかけていた。


あのころの俺に 愛が あっただろうか?

手紙を 書いていた。

投函することもなく…貯まってゆく手紙。

ほとんど仙台にいる○子さん宛だった。

いつも 逢いたくて 話したくて…

自分のいまの思いを 伝えたくて 書いていた。

あのころ 俺は ○子さんを愛していたのだろうか?



どこで何をしているかわからない俺を

○子さんは 思い出したりしているんだろうか?

わからないけど 語りかけていた。


あのころは 神様も人間も同じようなものだった。

どっちにしても 誰も そばには居なかった。

現実の中に居るのは 自分だけ。

頼れるのは 自分だけだった。


人間は いっぱい居たけれど 見知らぬひとたちと

日々 その場限りで 出逢い 別れてゆく暮らしだった。


愛した人たちも 愛されたひとたちも 思いの中にいた。

記憶の中だけに… 生きていた。


いま思えば 音信不通の世界の愛は なんとも

頼りなく あいまいな愛のような気がする。



現実は 日々に移ろい 状況は変化していった

ふとした出会いの中で 恋心が芽生えかけることもあった。

このまま死んでしまうのかもしれないと 思うこともあった。

いつ また あの懐かしい世界に戻れるのか なんて

考える余裕も無かったような気がする。



自分の状況の変化のように

遠い所の みんなの状況も変化しているはず…

しかし なにが どんな風に変わっているのかは

確かめようもなかった。


でも そうした思い そのものが きっと

それぞれの環境のちがいの中で

大きくちがっていたのだろうと思う。


北海道で 1年2ヶ月ほど暮して…

仙台に帰ってきたとき…

「お前 変わったなぁ…」と言われることも多かった。

確かに 自分でもそう思えたが…

なにが どう 変わったのか…? よくはわからなかった。


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↓につづく
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2007年11月26日 17時30分31秒  共依存 無言の愛と 勘違い

↑からのつづき
めも:mixi日記より
家族6. 愛 2007年11月24日20:18
akiu 雲 家族6. 愛 (2007/11/24土)






 家族6.   … 愛 …





↑からのつづき
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○子さんは 大学生になっていた。

そして また 逢って話したりするようになった。

いろんな話をしていたけれど…

いま思えば やはり 子供っぽい ままごと遊びのようなもの

だったようにも 思えてくる。



恋愛というものは… あんがい そんなものなのかもしれない?




愛が ありますか?

ほんとうに 愛していますか?

ほんとうに 愛されていますか?

そう訊かれて お互いの目の前で

ハッキリと答えられるときは…

きっと 誰が見ても 愛し合っていると言うしかない…


愛とは そんなものなのではないだろうか?…と思う。


大人から見て ままごとであっても…

「ちいさな恋のメロディ」の恋も… 恋なのだろうと思う。



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では ハッキリと答えられなくなったときは…?


たとえ どちらか一方でも そうなったら

そこには 愛がある…とは 言えないのではないだろうか?


俺には そんな気がするのだが…。




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