戻る - 参加 

ホームページ

2008年04月08日 21時02分04秒  文字にして 互いのこころ 伝え合う

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常75.タブー 禁句 (08.04.08火)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常75.   … タブー 禁句 …





。。。。。。。。。。


先日TVで見た 東田直樹くんのレポートの中で

お母さんが 彼の【 内面の言葉 】に気が付いた時のことを話していた。

たしか 小学校前ぐらいの直樹くんが スケッチブックに

自分の思いを 文字で書いたのだと言っていた。

それまで さまざまに コミュニケーション努力をしていても

どうしても理解できなかった 彼の行動が 彼自身も本意ではなく

自分自身もそうした自分の行動に 困っていることが それでわかったと言う。

 ・・・・・・・・

参照
http://www.nhk.or.jp/heart-blog/people/naoki/post_54.html←参照


・・・直樹くんは幼いころから話かけても反応がなく、

美紀さんが息子の気持ちを知るための方法をいろいろと試し、

筆談や文字盤を使って意思の疎通ができるようになりました。・・・

 ・・・・・・・・



それを聞いて 俺は【 ヘレンケラー 】や

狼に育てられた【 アマラとカマラ 】の事を 思い出した。

そこで ネットで 確かめてみたら

【 狼に育てられた少女…アマラとカマラ 】の話は…

どうも事実ではなかったらしいという事だった。

( やっぱり【 確認 】は 大切だっちゃね♪ )


 ・・・・・・・・

まあ…とにかく 人間の【 内面…こころ 】の

【 表現手段 と コミュニケーションの獲得 】について

またひとつ 考えさせられる気がしたのだ。



東田君の文章は 映像で見ている彼とは まったく別人のように思えるほど

しっかりしていて 理性的なのだ。

参照
http://www.nhk.or.jp/heart-blog/people/naoki/post_54.html←参照

 ・・・・・・・・

今まで自閉症の子どもの世界が、

本人の言葉で語られたことはほとんどありませんでした。

 ・・・・・・・・


…と あるように

もしも【 文字… 言葉 …にして伝える手段 】が 見つからなかったら

彼の思いは 誰にも【 伝わらないまま 】だったのかもしれない。


↓につづく
。。。。。。。。。。。

2008年04月08日 20時43分52秒  信頼で 包む言葉は あたたかい♪

↑からのつづき
めも:mixi日記より
akiu 雲 日常75.タブー 禁句 (08.04.08火)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常75.   … タブー 禁句 …





。。。。。。。。。。



↑からのつづき
。。。。。。。。。。。



俺は いつも 家族たちみんなに

【 自分の思いを 語り 書いて 伝え合う事 】を

大切にしていって欲しいと 願いつづけ 言いつづけてきた。

いまも そう思っている。

その思いは 東田くんのお母さんと 同じ思いだろうと思う。



うちの子供達は 話すことができたので… いまでは けっこう

気楽にどんな事でも 話し合えるような気がして ありがたい。

俺は どんな事でも ホンネを 言葉にして 他者と確認しあいながら

考え合っていく事が 大切だろうと思っている



ホンネを 伝え合えてこその【 信頼関係 】ではないかと 俺は思う。



だから 言いたくない 聞きたくない…というような

【 見ざる 聞かざる 言わざる 】…や

【 見るな 聞くな 言うな 】…という

【 言葉のタブーや禁句 】の感覚が どうも苦手だと思う。



言葉を ふさいでしまう【 言葉のタブーや 禁句 】…

それは できることなら 少なくしていったほうが

いいのではないだろうか? と 俺は思う。



【 問題は 言葉そのもの 】に あるのではなく…

それを 伝え合う それぞれの個人の…

【 表現意図 】や【 受け止め方…認識 】の中に…

あるいは そこにある【 人間関係 】の【 信頼度 】の

…の中に あるのではないか?…と


俺には 思われるのだが…。



。。。。。。。。。。

参照:
検索:ヘレン・ケラー
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=t&hl
=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GZEZ_jaJP268JP268&q=%e3%83%98%e3%
83%ac%e3%83%b3%e3%82%b1%e3%83%a9%e3%83%bc


検索:アマラとカマラ
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=t&hl=ja&ie
=UTF-8&rlz=1T4GZEZ_jaJP268JP268&q=%e3%82%a2%e3%83%9e%e3%83%a9%e3%
81%a8%e3%82%ab%e3%83%9e%e3%83%a9
参照
http://www.chironoworks.com/ragnarok/psychology/log/eid26.html
参照
http://www.kgef.ac.jp/ksjc/kiyo/910170k.htm

。。。。。。。。

2008年04月08日 19時46分53秒  程々の 達人医師よ 達(とおる)くん♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 アル中 問診日13.08/04/08.火←04/01.火 予定変更

←ブログランキング…ポチッしてね♪




問診日13.08/03/18.火    … 予定変更 …




。。。。。。。。。。
問診日13.08/03/18.火 予定変更


今日は 3週間ぶりの 問診日だった。

先週 寝坊して予定変更したので…

はじめて…【 3週間ぶりの問診 】となったのだ。

今朝は6:00amに起きて 余裕で行く事ができた(笑)♪

 ・・・・・・・・ 

医:「 どうですか? 】

患:「 たいして変わりないです 」

医:「 体調などには・・・ 問題ないですか? 」

患:「 …はい いまのところ 別に 問題はないと思います。 」

医:「 すごく 落ち込む事とか… ないですか? 」

患:「 はい 特には… ないです。 」

医:「 大きな状況の変化とかは ないですか?」

患:「 …ん〜ん? 別にないですね…。ただ いまだに 生活のリズムが… 」

医:「 えっ?…なんですか? どういうことですか? 」

患:「 いや・・・あの 飯食ったり 寝たりみたいな 基本的な暮らしが

    まだ 上手く キチンとできないままなんです・・・。 」

医:「 ・・・でも 特に 気分が すごく落ち込んだりということは

      ・・・ないんですよね・・・?  」


患:「 ・・・はい ひどい落ち込みとかは ないです。 」

医:「 う〜〜ん・・・ よぉーくやってるよなぁ〜 ・・・ ・・・

     ・・・じゃあ もう いいですよ・・・ 」

患:「 どうも ありがとうございました・・・ 」



。。。。。。。。。。


なにが「 よぉ〜くやってるなぁ〜 」なのか?・・・

意味不明だが もしかしたら たまに そんな感じで・・・

軽く 誉められた感じを 与えるのかな・・・などと思った。


実際 俺は まんまと なんとなく・・・

「 そう・・・ おれ・・・よくやってるよなぁ〜 」・・・と

思ってしまった(笑)♪

 ・・・・・・・・

こんな感じの通院や 自助グループが・・・

だんだん 効いてくるような気がしてくるのが 面白い。


たぶん どこかに有る【 見捨てられ感 】や【 喪失感 】が

ちょうど ほどよく 癒される・・・


・・・そんな感じのような気がする。


。。。。。。。。。。

2008年04月07日 20時54分11秒  受け容れて 社会の流れ ゆるやかに♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常74.自閉症 (08.04.07月)

←ブログランキング…ポチッしてね♪





 日常74.   … 自閉症 …





。。。。。。。。。。
ミクシー08.04.07月:はっちさんの日記【 家族の中の自閉症 】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=768665834&owner_id=733189

NHKハートネットピープル【 東田直樹くん 】より
http://www.nhk.or.jp/heart-blog/people/naoki/post_54.html




先日…【 自閉症 】は【1000人にひとり 】

…とTVで見たと 書いたが…


↑のはっちさんの日記を見ると…【150人にひとり 】と書いてある。

はっちさんの情報だから… しかも

彼自身の息子さんも自閉症だというから 信頼できると思う。

【1000人にひとり 】でも そんなに! と思っていたのだが

【150人にひとり 】となれば… もう

なにも特別な事では ないのだろうと思える。

要するに 性格や個性のようなものだろう。



元妻さんは 養護学校の教諭だったので 自閉症の生徒も多いようだった。

その彼女が よく俺に

「 自閉症の子供の対応・反応の仕方に似ている 」…と 言っていた。

前にも書いたが 俺自身 自閉症や学習障害のレポートを見るたびに

「俺もどっかに障害があるんじゃないかなぁ?」と思えるほど

症状が 似通っていると思える事も多い。



小3の時のIQテストでも【IQ60…魯鈍 】「特殊学級」の境界と言われた。

でも 学力成績が良かったので【 普通学級 】のほうのままだった。

でもやっぱり 考えてみれば 確かに

だいぶ【 ふつう…ではなかった 】ような気もする。



【 自閉症 】が【 1000人にひとり 】ぐらいの場合…俺は 境界。

【 150人にひとり 】だったら 明らかに

自閉症児と判定されていたのかもしれない。



同じ病名でも【 症状はさまざま 】…だと はっちさんも書いている…

ひとはみな どこかしら他者と違っているのが普通だと思えばいい。

なにもかも 都合がいい というわけには行かない。

その時代や社会 もっと言えば 周りの人間たちとの【 相性 】だけで…

生き方や 社会適応が うまくいったり

いかなかったりするのだろうと思う。



【 うまくいかない 】からといって

責めたり 見放したり 排除したり するのではなく…

【 どうしたら上手くやっていけるのか 】を


みんなで工夫していけばいいのだと思う。


お互いに 一緒にうまくやっていけるように

【 自分の変えられるところを変えていくこと 】…

そういうことを【 成長 】というんじゃないか?



なんとなく そんな気がする。



どんな事も 他人事と思わずに

みんなで いろんな事を 学び合っていければ

困ったときには お互いに 助け合っていく事が

できるようになるだろうと思う。


。。。。。。。。。。

2008年04月07日 04時45分51秒  結局は 一喜一憂 金のこと♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常73.離婚 (08.04.06日)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常73.   … 離婚 …




。。。。。。。。。。


離婚したのは2003年の4月1日だった。

それから 5年近く同じ家で暮らしていた。

俺にとって 結婚した時も いまも 意識は大して変わっては居ない。

結局 あのひとは 訳のわからない人のままだった。

良かったことと言えば… あの人が

【 精神病院に行くようにならないで済んだ 】

…こと なのかもしれない。



出逢ったころ詩集「智恵子抄」を読んでいた。

高村光太郎の作品や詩は 好きだったし 大きく影響されていたけれど…

【 妻智恵子の発狂 】は 光太郎との結婚生活にも

その 一因があるように思えていた。



それに そのころ 興味を持っていた作家達の中で

まともな家庭生活を 送ったように思える作家はいなかった。

作家になることと【 平安な家庭生活 】とは 両立できないものだと思えた。

だから 俺は結婚も子供を育てる事も 全く考えてはいなかった。

 ・・・・・・・・

しかし 結局 結婚してしまい 最初の妊娠での中絶から

子供ができる事も想定して…山に住もう…と 仙台に戻ったころ…

やはり彫刻をやっている 高校の先輩に逢った。

すると その先輩の奥さんが 精神病を患っているとのことだった。



何の根拠もない話ではあるが そうした偶然の話からも…

俺は いつも パートナーの【 内面心理 】の様子が

気になっては いたのだろうと思う。



ともかく 25年の結婚生活を終えて …いま

彼女は 問題なく社会人として自立できている。

それは 俺にとって 正直にうれしい事だと思う。

イカレてる俺との関わりの中で 彼女の心が 壊れないでいてくれた。

それは 心底 ありがたいことだと…思える。



3人の子供も いまのところ 問題なく 成人して 自立し始めている。

俺は 別に計画したわけでもなかったが…

一番下のYMが15歳になったときに離婚して…

20歳になった今年から…ハッキリと別居するようになった。

もしかしたら また 不言実行の彼女の計画だったのだろうか?

…とさえ思えるほど 区切りが良かったようにも思えてくる(笑)♪



俺が 離婚の話をし出したのは たぶん1995年ごろだったと思う。

そのころは まだ 酒を飲んでは居なかったし…

下の子供達も 小学校高学年に入って 手も離れ

俺も 再度 しごとを 本気になって

意欲的に やろうとしているころだった。

なぜ 彼女が渋りつづけたのかは…いまなお わからない。

8年後にやっと…離婚届を出せた。

大切な事について 何も言わない【 彼女の真意 】は

結局 いつまでも わからないままなのかもしれない。



時間はかかったけれど とりあへず なんとか

家庭らしきものを 営んで いま

また原点に 立っているのだろうと思う。



最後に仕事したのは1999年の秋。

ある程度の 納得のできる仕事ではあったと思う。

あっという間に10年が過ぎてしまったけれど…

中途半端に あいまいな事をしなかった分だけ

あの頃の記憶は いまも鮮明に 目の前にある。

あとは 始めてみて 五感の変化を 体で感じ取りながら

ゆっくりと いまの自分のペースで

また 作っていけばいいだけだと思う。



子供達の成長を 見てきた25年間も面白かった♪

でも 自分の成長は やっぱり 作品に刻んでいくのが

一番 面白いような気がする。

俺は バカみたいに 俺の作品が好きだ(笑)♪



今日は…YMが植木屋さんの借地料3か月分(3万円)持ってきた。

ラッキー♪ …これで 今月中は 何とかなるかもしれない♪

こうした ちょっとしたことで気分が変わる。



いまは そんな感じなんだな…と つくづく思う。



。。。。。。。。。。

2008年04月07日 01時09分08秒  ひとの和を 確かめてれば 不安無し♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常72.テロ対策 (08.04.06日←08.04.05土)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常72.   … テロ対策 …





。。。。。。。。。。

 大丈夫 頭を冷やせ 落ち着いて♪

 【 頭を冷やす 】【 言葉 】 …を 使おう。ですね♪

。。。。。。。。。。


頭を冷やす… 冷静になる 落ち着く。

大切な事の【 順番を まちがわない事 】


人を殺す事にも なにかを 捨てたり 壊したりする事にも…

俺は あまり 興味はない。

だから 戦争は嫌いだし テロも好きではない。

単なる 能天気で のん気な【 平和主義者 】で いいと思う。

では【 世の中の不条理の蔓延 】を 受け容れるのか?…と問われたら

「 Yes!…そうだ! 」と はっきり 言っておきたいと思う。

ただし 受け容れた上で「 さてどうすんべぇーか♪ 」…と

考えていくのが 好きなんだろうと思う。



自分ひとりが苛立っても どうしようもない事は 山ほどある。

ただし【 あきらめよう 】とも 思わない。

目先の付け焼刃的な【 改善行動 】を 考えるのは

専門家達に任せたほうが 現実的だろうと思う。

俺は そうした情報をよく見聞きして 学んで選択して

実践していけば いいのだと思う。 



俺は 誰もが 誰とも つるまなくても

ひとりでもできる事を 考えていきたい。

この時代の流れの【 大きな環境 】を変えるのは

【 ひとりでできる事 】ではない。



昔【 反日武装戦線 】という爆弾テロ集団の事が書いてある

「狼煙を見よ」という本を読んだことがある。

合併反対運動をしている俺に 公務員をやっている友人が…

「 運動のやり方…だったら 結局 これじゃないのか? 」…と

勧めてくれたのだ。

要するに【 社会意識改革 】のための【 爆弾テロ 】…

組織化しない 意識共有連鎖型の 単独ゲリラ連鎖多発テロ。

その昔【 ハラハラ時計 】という爆弾制作の

マニュアル書なんかがあったそうなのだ。



現在の【 アルカイダ 】なども そうしたゲリラ的なテロ戦略だから

どこまでも壊滅しにくいのだろうと思う。



デズニーアニメ「 王様の剣 」のワンシーン…

魔法使いと 魔女が さまざまな動物や 怪物に

変身して戦うシーンの結末は 魔法使いがウィルスになって

魔女を病気にしてしまうという オチだった。



テロの考え方とは そうした感じのような気がする。

文字通り 社会不安を煽り 社会の弱点を 効果的に攻撃する事で

人々をストレス状態に追い込む事によって

…ウィルスのように あるいはガン細胞のように

その中に住みながら 巨大な社会全体を弱体化させて

既存社会を 転覆しようとしているのだろうと思う。



人間は… 敵に回すと やっかいな生き物だと思う。

なにしろ 子供でも放火ぐらいやってしまうし…

弱い者が 狙われたら どんな犯罪も可能になってしまう。



その人間が 地球全体にならすと

500メートル四方に1人居るのが 現代の現実だ。

それが【 天敵 】だと 思えてしまったら…。

安心して暮らせるわけは なくなってしまう。

年がら年中 身を守ろうと思う緊張感で 疲れてしまうような気がする。



だから 俺は まず 身近で暮らす仲間の

信頼確認や 安心の約束が 大切だと 言いつづける。



せめて 家で 地域で 学校で 職場で…

隣り合うもの同士 仲良くしようとする事が…大切だと 思う。



そうした時間や こころのゆとりを

無くさないで暮らすことが 大切な事だと思う。

普段から 身近で親しく信頼し合って 付き合っている地域や

職場などの場には…不審者は

なかなか近づき 隠れる事は できないものだろうと…俺は思う。



活性化している 健康な体には

ガンの発生も ウイルスの感染も…

起こりにくいような気がする。



。。。。。。。。。。

2008年04月06日 01時46分21秒  信頼に 応えられない 気の乱れ

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常70.自傷傾向2.(08.04.05土)

←ブログランキング…ポチッしてね♪




 日常70.   … 自傷傾向2.…





。。。。。。。。。。


やはり まだ 今の自分は 危ないのだと思う。



昨日 コンクール仕事の事などを考えてたところへ エーちゃんから

種まきの手伝い…誘われて また 頭が混乱してしまった。

「30分ぐらい 気を落ち着けてから 行くから…」

と答えたが… 結局 断りの電話もできないまま行かないでしまった。

 ・・・・・・・・

これは 俺の もともとの根っ子の【 問題点 】だと思う。




中学のときも 同じような事があった。

高校のころの不登校も… 20代の頃の無断欠勤も…

2005年に 通院を途中で止めてしまったのも…

全く同じ状況から始まる【 悪循環 】だ。

ひとりのときの【 判断不能…停止 】は

【 引きこもり 】の【 悪循環 】になってゆく。



こういう傾向が【 他者のいる現実の中で起きる場合 】が…

【 他者に押し切られてしまう 】という形に なっていったのかもしれない。

これもまた【 悪循環 】につながってゆく…。

【 引きづられ… 流されっぱなし 】になってゆくような感じがする。



どんな生物にも ある程度【 自己防衛本能 】はあるのだろう。

人間で言えば 誰にでも【 自我 】【 自尊感情 】を

守ろうとするバランス感覚だと思う。

それが上手くバランス取れないときに ストレスが溜まってゆくのだろうと思う。



受け容れ続けてしまう性格も 限界が来てしまうと

対応不能になってしまうのだろう。

まるで アルコール耐性と 体力の低下のグラフが交差した時点から

飲酒抑制が できなくなってしまうような感じだ。

いわゆる 図太い堪忍袋の緒が 劣化して切れてしまったようなもんだ。

同じような 丈夫な緒は 一朝一夕に できるものではないのだと思う。




俺は 納得がいかないことをされても

【 相手個人 】に対して 怒りの感情が湧く事がなかった。

とうぜん攻撃的にもならない。

それでも どうしても納得できない 受け容れるわけには行かないと

思ってしまったときには 話し合い 確かめ合おうとしてしまうタチだ。



先週の木町例会で 俺の【 怒り 】について話した。

どうしても忘れてはいけない… 水に流してはいけない

【 憤り 】や【 怒り 】があると思う…と 言った。

それは結局 【 人道…人間としての規範 】 に関わる事だと思う。

世の中を見ていると 納得いかないことだらけに

なってきているように見えてきてしまう。



もちろん 俺に何ができるわけでもない。

でも 見過ごしている自分に 腹が立ち 苛立ってくる。

それが ストレスになって 溜まっていくのだと思う。



なにもできない自分への苛立ち…

アル中になって それは より強くなっていると思う。



↓につづく
。。。。。。。。。。

2008年04月06日 01時27分35秒  自分への 怖れと不安 自己管理

↑からのつづき
めも:mixi日記より
akiu 雲 日常70.自傷傾向2.(08.04.05土)

←ブログランキング…ポチッしてね♪




 日常70.   … 自傷傾向2.…





。。。。。。。。。。




↑からのつづき
。。。。。。。。。。



人間なんて単純なものだ どんな事でも…

自分が なにか…【 意味のあることをやっている 】と【 思い込めれば 】…

それで【 自己満足できる 】もの なのかも知れないとも思う。

だから【 意味に執着していながら 意味が見えなくなる 】のは怖い。

無意味を象徴的に現実化 体現しようという感じに

なってゆくような気がする。

動機のない犯罪を 見ているとそうした感じもする。

「 いまの 俺が もし マシンガンを持っていたら… 危険だと思う。

  それを持って 国分町あたりで連射してしまいそうな

  【 自暴自棄的な自分 】が いまの自分の中に居るような気がする。」

そんなふうに例会で話した。

「 1年間 酒をやめていても そうなんだから…

  酒が入ってしまったら 何をするかわからないと思う。

  だから もう2度と酒は飲まない…。

  飲まないいまも 自分自身が怖い。」

…それが 本音だろうと思う。



【 自傷…自罰 】的な感性は 悲しく 痛ましい 

誰しも 決して【 生きることをあきらめないで欲しい 】と思う。

けれど… まだ 許される事だ。

しかし【 他罰…排他的 】な感性は 絶対に許されないと思う。



俺は 何度も 自殺しようと思ったことはあるが…

やってみようとした事は 1度もない。 …しかし 

○子さんの 首を締めようとしたことや 息の根を止めようともしたのは…

思っただけではなく 現実の行動だ。

俺は【 自傷自罰 】型の人間ではないのかもしれない…。

最後の最後になったら 他罰的 排他的になってしまう…

【 傲慢な感性 】の 人間なのかもしれない。



そういう思いが いつも ぬぐい切れない。

 

だから【 なにもかも どうでもよくなってゆく 】のが怖い。

なにか【 大切なもの 】を いつも確かめていないと 怖いのだろうと思う。



【 自分が被害者にならないとわからない 】のだとしたら

悲惨な現状が みんなのものになるまで なくなるはずはない。

【 自分の周りさえ 問題なければいい 】のだったら

【 この世の中に問題はない 】とも 言えるのかもしれない。

そう言える人が 増えれば増えるほど

残された問題は さらに見捨てられていくのかもしれない。



いまの社会 世界の【 問題の根っこ 】は 何なのか?

俺は それを 考え みんなと確認し合っていきたいと いまも思う。



でも もちろん まずは

【 自分自身が 問題を起こさないように 】

注意して 暮らしてゆく事が

なにより大切なことだろう…とは思う。



。。。。。。。。。。

2008年04月05日 15時41分15秒  シカトして 逃げる技術も 処世術???

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常69.自傷傾向1.(08.04.05土)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常69.   … 自傷傾向1. …





。。。。。。。。。。


子供たちが小さいとき 泣いたり 怒ったりすることが少なかった。

そうならないようにと… 俺は いつも 努力していた(笑)♪

【 楽しく笑顔でいるように 】と 気を配っていた。

そして どんな事でも【 言葉で伝え合えるように 】なってほしいと

願って 育ててきたと思う。

それは マチガイだったのだろうか?



長男Yが 5歳ぐらいのとき

3〜4歳の子供と遊んでいて 何かでもめてたことがあった。

相手の子が「バカ バカ バカ バーカ!」と ムキになってる前で

Yは「 お前なんか ○○で ○○だから… ○○で…」と

反論しようとしているのだが 相手の【 バカ攻撃 】は続き

結局 Yは 泣き出しそうになりながら 立ち尽くしていた。

 ・・・・・・・・

次男のYMは中2のとき 同級生に トイレで殴られて不登校になった。

相手は結構よく うちにも来ていた奴だ。YMは空手もやっていたし

体力的には 本気になったら 負けるとも思えなかった。



俺自身の子供の頃も 外では そんな感じの子供だった。

慣れていない相手だと そんな感じでしか 対応できなくなるのだ。

感情的に自由になれるのは よほど慣れて

信頼できる相手に対して だけだったと思う。

そうでないときは【 良い子の演技しかできない 】

そんな感じなのかもしれない。



【 良い子の演技…しかできない 】

これも【 病気の元 】みたいなもの なのかもしれない。

 ・・・・・・・・

「 【 感情を 押し殺しすクセ 】をつけて生きている…から

  …疲れてしまうんですよ… 」

…と 医者が 言っている…



俺も うちの子供達も【 ひとと争う 】【 訓練・練習 】を

…しないで しまったのだろうと思う。

現実には ただ 黙って 待っているだけでは

【 解決できない状況 】もある。

特に 他者が関わっている場合には 自分が動かなくても

…事態は 動いて行ってしまう。



【 切羽詰った現実 】での【 反射的な状況 】への【 対応力 】は

子供の頃から…【 感性的 】【 反射的 】に

【 訓練 】しておくべきなのだろうと思う。



【 無抵抗 】【 非暴力 】【 不服従 】の

【 ガンジー主義 】のインドが 核武装した。

 ・・・・・・・・

【 王様でも嘘をついてはいけない 】…マヤ文明も

【 武器を持たなかった 】…インカ帝国も【 嘘と暴力 】に屈した。



フセインイラクは さしたる抵抗もせずに 侵略された。

フセインは…なぜ【 戦わずに逃げた 】のか… もう知る由もないが…

少なくとも…世界が目の当たりにしたあの戦争は

【 言いがかり(嘘or思い込み)】による【 暴力 】では有ったと思う。

 

【 嘘は言葉の暴力 】だろうと思う。

そして… いつの世も【 平和主義 】よりも【 暴力主義 】のほうが強い。

結局 さまざまに形を変えながら【 暴力支配 】は世界に蔓延してゆく。

それを止められない【 平和協調主義 】のジレンマが

結局【 キレてしまって…暴力の容認 】

【 窮鼠猫を噛む 】になってしまうのかもしれない。



それを【 最後まで 他者に向けられない 】者が

自分に向けていってしまう行為が【 自傷行為 】なのかもしれない。




↓につづく
。。。。。。。。。。

2008年04月05日 15時34分09秒  逃げ足の 速いうさぎは 生き延びる♪

↑からのつづき
めも:mixi日記より
akiu 雲 日常69.自傷傾向1.(08.04.05土)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常69.   … 自傷傾向1. …





。。。。。。。。。。



↑からのつづき
。。。。。。。。。。


ガンジーは【 他者の暴力 】を止めようとして【 断食 】を始めた。

それは まさに【 自傷…自罰行為 】的な

命がけの【 パフォーマンス 】だったのだろう。

アル中さんたちが 家族の前で自殺しようとしたり

家族たちに それを言う事に似ているような気がする。

それを相手にするかどうか…の違いは

当人への 関係者の【 愛着度 】や【 信頼度 】

で違ってくるのだろうと思う。



さまざまな局面で ガンジーが頼り ガンジーを助けたのは

彼自身の【 知恵 】と【 表現力…パフォーマンス 】…と

それを伝えた周辺の【 ペンの力…報道 】だったのだろうと思う。

そして【 大衆への説得力 】と【 信頼感 】だと思う。



それでも最後には 暴力に殺されてしまった。



ジョンレノンも 平和を祈り 語り…

暴力に 殺されてしまった。



そうした状況を 変える事は できないのだろうか?



。。。。。。。。。。

2008年04月04日 01時59分31秒  ポジティブに 活きてた事を 思い出す 

めも:mixi日記より
akiu 雲 アル中38. ポジティブ (08.04.03木←08.01.07月)
 

←ブログランキング…ポチッしてね♪





アル中38. … ポジティブ …





。。。。。。。。。。
■ポジティブ (2008.01.07月)


最近【 ネガティブ思考 】気味だと思う。

でも 何事も【 ポジティブ思考 】で いきたいとは思っている。



アル中なってから ネガティブ感覚が増幅したのだと思う。

子供らと遊んでた頃は かなり楽天的だったような 気がするのだが。



何事も 楽しそうにやれば 楽しくなるものだ。

時々は★ 楽しいことを ★…と 思い返すのは大切だっちゃね♪


。。。。。。。。。。


1月の思い出… いくつあるだろう?

54年生きてきたから 54個あるわけでもない♪ たいがい忘れちまっている。


1月の思い出をチェックしてみよう♪


 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962
 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970
【1971:柔道 】【1972:ホテル・京園 】【1973:阿寒 】【1974:ホテル 】
【1975:入谷 】【1976:影 】
 1977
【1978:京都 】【1979:貴 】【1980:入間 】
【1981:八木山 】【1982:家設計 】【1983:プレハブ 】【1984:観音 】
 1985 1986
【1987:個展 】【1988:夢 】【1989:6人展 】【1990:若葉 】【1991:カタツムリ 】
 1992 1993 1994 1995
【1996:個展 】
 1997 1998
【1999:石彫 】
 2000 2001
【2002:楯山 】【2003:高2】【2004:高3】
 2005
【2006:HP 】 【2007:入院 】【2008:別居 】・・・


これだけの年数 生きてきた。人生はあっという間だ(笑)♪



一番にぎやかで楽しかったのは 去年(2007)の1月だったのかもしれない。

入院中は たしかに 人は居るし 飯はちゃんと食えるし

毎日やること…プログラムまで キチンとあったし

なにより 整然として快適な 環境があった。



そうしてみると ふだんは そういったものを

自分自身で 維持管理して 暮らしていたんだと気が付く。



。。。。。。。。。。
■ポジティブ (2008.04.03木)


↑から3ヶ月【 あいかわらずの暮らし 】が 続いている。

生きて行くには 何もしないわけには行かない。

しかし 上手くいかないことが続きすぎて… 怖くなっているのだと思う。



2006年12月26日…入院した日の 医者との話を思い出す。

 ・・・・・・・・

医:「 入院しましょ! 」 

患:「 1月末までに 何か作ってみます…と

    お客さんとの約束があるので… 2月からでは だめですか? 」

医者は 即座に言った。

医:「 やめましょう・・・また 信用なくすから。」

患:「… ハイ …」

 ・・・・・・・・

入院は そんな風に決まり そのまま病室に案内された。



1999年以降…何もできなくなって なんとか何かしようと思い

手をつけてみては 上手くいかなくなった。

やろうと思い 焦れば 焦るだけ なにもかもだめになっていった。

机上のことは 何とかできたが 新しいことを進めたり

落ち着いて理解することが できない感じだった。

1993年11月 HPを始めたが…

写真を載せられるようになったのは…

【 断酒 】を始めた1995年の9月から…だ。

なにもかも よく飲み込めず 前に進めなかった。



片付けや 部屋作り 店作りなど 何とかしようと思っても…

苛ついてしまって 頭がパニック状態になってしまって…続けられなかった。



↓につづく
。。。。。。。。。。

2008年04月04日 01時48分07秒  とりあえず 受け容れてみる ポジティブに

↑からのつづき
めも:mixi日記より
akiu 雲 アル中38. ポジティブ (08.04.03木←08.01.07月)
 

←ブログランキング…ポチッしてね♪




アル中38. … ポジティブ …






。。。。。。。。。。




↑からのつづき
。。。。。。。。。。


結局 いまも その思いから抜けられていない。

手をつけてしまって またマイナスの結果を残すのが 怖いのだ。

もう【 できなかった 】思いを積み重ねたくない。 そんな感じだ。

高校通学や 入院中…【 できた感じ 】があった。

しかし いま 思うと【 誰かがいる環境ではできる 】けれど…

ひとりでいるときに できていないような気がする。



… 周りの人の存在に …

【 見られていることに…支えられている 】ような気もする。

自分ひとりでは… やることの意味や意欲に対して

どうしても…勇気や 気力 行動力が 出てこない。

自助グループや 通院 そして 日記…

そのリズムには 慣れてきていると思うが 次の動きができてこない。



苛立ちや マイナス思考は少なくなってきたし

先取り不安も 苦にしなくなってきた。

でも どうしても 新しい動き…

ちいさな【 プラスの1歩 】が 出せないでいる感じだ。

まだどこか 投げやりな自分がいる。

どこかで…

【 どうせまた上手くいかない 】

【 どうせ なにも変わらない 】

【 どうせ… 】と 繰り返す思いが 消えない。



話す相手もいない 「 みてみて♪ 」と 共感し合う相手もいない

「 どうしたらいいかなぁ? 」「 こうしたら どうかな? 」…etc.

みてもらったり 確認し合ったり 励まし合ったり…

そういう事は いつも ほとんど○子さん相手に していたのだと思う。



ひとりで勝手に動く事は極力しないようにしていた。

どんなことも「 ほうれんそう…報告・連絡・相談 」してやってゆく…。

それが 共同だろうと思ってきた。

そして その部分で 食い違い ずれていったのも 確かだと思う。



共同だったのか 共依存だったのか…? わからないが…

少なくとも いまの俺が感じている 空虚感は

【 独善の虚しさや怖さ 】ではないかと思う。

自信を無くし… その上… 確かめてもらえる【 他者の目 】もなくなった。

そうした【 空虚感…喪失感 】なのだろうと思う。



それは いまに始まったものではない…が

子供たちはもちろん ○子さんも 言ってみれば 俺にとって…

アンケートや モニターのような 存在だったのだろうと思う。

きちんとした 共感や 批判がないとしても…

何らかの【 反応 】があることで…【 俺自身がそれを読み取ること 】で…

独善や主観とは ちがう視点で 物事をを見てゆくための

ありがたい【 試金石 】になっていたのだろうと思う。



そうした部分で 俺は家族たちに【 依存 】していたのだと いまは思える。


。。。。。。。。。。


【 ポジティブ 】というテーマで書こうと 思ったが…

思いが とりとめなくなっている。

いまの俺にとって ポジティブな行動…とは

【 落ち着いて自分を 客観的に 見ていくこと 】

その程度の事… なのかもしれない。



【 独善・・・思い込み 主観 】だけではいけない。

しかし 客観を 他者に頼ってもいけない。

そういうことなのかもしれない。



オトナになること…

自分や周辺の状況を 公正無私な目で 客観的に 見て 判断して…

適切に行動してゆくこと…

それが 大切なのだろうと思う。



しかし それも あんがい 簡単なことではないな…と


つくづく 思う。 今日このごろ…だっちゃね♪


。。。。。。。。。。

2008年04月02日 15時09分08秒  罪は無し 俺の日課は マイペース♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常67.生活習慣 (08.04.02水)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常67.   … 生活習慣 …





。。。。。。。。。。

はじめて 東京に住んだとき

まず日課表を書いて 机の前に張ったのを思い出した。

そういえば 昔 俺は 日課…毎日の時間割を決めて…暮らしていたと思う。



家族ができてからは それを 家族中心に 合わせてきた。

子供達が学校に入るころまでは 単純だった。

いつも つれて歩いていたから 目の前に現実が見えて

わかりやすかったのだろうと思う。



子供3人+パートナーの計4人が 通勤・通学して

出かけたり帰って来たりの時間が バラバラな事に

だいぶ 苛立っていたように思う。

適当に対応していれば いいのだろうが…

どうしても 家族の動きが 気になってしまった。



帰ってくる時間 迎えの電話がかかってくる時間などが近づくと

スイッチが そっちのモードに変わり 待機し始める。

そして 仕事しながら待つ。5分10分と 電話などが来ないと 想像が始まる。

「 なにか あったのではないか? 急いで 確認すべきではないか? 」

… 最近の韓国の【 少女誘拐未遂事件のビデオ映像 】

…のような… あるいは いままで見聞きしてきた

さまざまな【 事件 自故 】などの詳細や

その経緯・経過 その後の家族の思いなどが 一気に思い出されてしまうのだ。

とうぜん 一定時間待ったら 確認を始める。

そうしないと もう 仕事どころではなくなってしまうのだ。

。。。。。。。。。。

先日の「公開問診」で Sさん(20代女性患者)が

「 お父さんに見捨てられた。メールの返事が来ない。 」と言ったとき

医者は「 いつから…? 」と訊いた。

彼女の返事は「 すぐに…返事が来ない 」

医者:「 前に連絡があったのは? 」 患者:「 今日の昼 」

彼女の例は 極端だが わかりやすいと思った。

 ・・・・・・・・
おととい TVで15歳の自閉症の青年のレポートを見た時も

同じように感じた。

予定(思い)どうりに行かないと パニックってしまうのだ。

たしか 映画「レインマン」にも そのようなシーンがあったと思う。

俺にも 病気と言えるほど極端ではないが そうした傾向がある…と思えた。



体内時計や 自律神経 脳内分泌などの バランス感覚

そうした部分の タチ(資質)の問題なのだろうと思う。

それに 不安体験などが刷り込まれて…

すぐに【 非常事態宣言 】が 出てしまうのかもしれない。



俺は パニックる事は少なかったが…

とにかく【 確認対応のほうに意識が集中していった 】と思う。

むかしから自分では【 不安神経症 】気味なんだな…と

勝手に思い込んでいた♪



TVで自閉症は1000人にひとりぐらいと聞いて

なぁ〜んだ そんなに多いのかと思った。

だったら その傾向のある者はもっと多いはず…

別に 特別なことでもないんだなと思えて 気が楽になった。



最近…この【 気が楽になる 】こと…が

思いのほか 大切なことだと 思うようになってきた。

上述したように【 できないとパニックになる 】傾向の者は

物事に慣れてゆくのが遅いような気がする。

しかし すっかり慣れたことに対する 根気強さや集中力は

人一倍強い気もする。



俺は このタイプだと思う…【 状況の変化に弱い 】のだと思う。

だから 学校や会社のような決まりきった集団行動は得意なのに

人間関係は苦手…なのではないかと思う。

多くの人間は ファジー …ほどほどに【 いいかげん 】…

適当に【 よいかげん 】だから 合わせ方が難しかった気がする。



↓につづく
。。。。。。。。。。

2008年04月02日 15時03分37秒  役立たず それでも 生きる権利あり♪

↑からのつづき
めも:mixi日記より
akiu 雲 日常67.生活習慣 (08.04.02水)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常67.   … 生活習慣 …





。。。。。。。。。。




↑からのつづき
。。。。。。。。。。



そして この時代の流れは どんどん厳密になっている。

誉められるのは キチンと厳密にできる奴なのだ。

俺は きっちり納得いくまで延々とやるのは得意だから…

誉められる事は多かった。

そして「あんまり やりすぎんなよ…」と 注意されることが多かった。

すると また ちょうどよくやることに気を使うことになる。

そうして 疲れていって… できなくなってしまう…そんな感じだった。



【 いいかげん 】を きっちりやろうとするのは…むずかしい♪

そんな感じの悩みが いつもあった。



いま思うに 俺は落ちこぼれたから そうなんだと思う。

俺に向いてるのは【 人間関係の少ない専門職 】なのではないか???

いまさらながら そんな感じがする。

そうした仕事は たいがい 少数精鋭…の仕事なのだ。

たまたま 社会的なリングに上りさえず デビューさえできなかったが…

ある意味 初心のまま…憧れぐらいはある。

芸術(ファインアート)に 競争も評価もない。

結局 この日記と同じようなものだ。

こういうことなら こうして続けられるのが俺の個性だと思う。



前にも書いたが…

ピカソが「 私の作品は日記です 」と言っていた。

ダリが「 私は孤独ではない いつも サルバドール・ダリとともに居る 」

…と言っていた。


それで 暮らしていけるかどうかは 別のことだとしても…

そうした楽しさがあるのは… ありがたいことだと思う。

紙と 鉛筆ぐらいあれば いつまでも楽しめる性格なのだ。



なんとなく やっと 原点が見えてきたような気がする。

問題は【 なにごとも苦にしない 】こと…だと思う。



俺は 極端に 生活習慣が無さ過ぎる。

ここのところ また 食わない日も多くなってる。

タバコと コーヒーだけ… パソコンだけ…

それは 問題かもしれないが… まずは苦にしないことだ。

他人に悪いことしているわけでもないのだから…

盗んだり だましたりして やってる訳でもないのだから。



とりあえず【 マイナスが少ない 】…

…それで由としましょう …だっちゃね(笑)♪



。。。。。。。。。。

2008年04月01日 22時00分43秒  ほどほどに 嘘とまことの 結婚記♪

めも:mixi日記より
akiu 雲 日常67.4月バカ 結婚記念日 (08.04.01.火)

←ブログランキング…ポチッしてね♪



 日常67.   … 4月バカ 結婚記念日 …





。。。。。。。。。。

今日はエイプリルフール

むかしは…4月バカ…と直訳して 言っていたような気がする。

実は この日が元妻さん○子さんとの 結婚記念日なのだ。

正式に言うと【 結婚式記念日 】だ。



1977年の 10月ごろ…俺の借家に○子さんが 引っ越してきて…

確か11月の14日あたりに 入籍した。

その話を双方の両親に伝えたら… 

彼らは 勝手に結婚式の段取りを進めていって

その結果…1978年の4月1日に【 結婚式 】をしたのだ。

あの親たち… なに考えてんだか…わけわかんねぇ…ちゃね♪

よりによって【 エイプリルフール 】にするって …ネ♪



言われるままに 友達も呼んだのだから…

人のせいにはできないが ハッキリ言って

なんの【 主体性 】も【 意欲 】も無いまま…

【 流れのまま 】…みたいに やってしまったと思う。

俺は【 周りの人が喜ぶことの邪魔は…したくない性格 】なのだと思う。

しかし 思えば【 周りに合わせるだけ 】でやったことで

上手くいったことは なかったような気もする。



○子さんと いっしょに棲み始めたのも 本位ではなかった。

俺が…「 別かれよう 」と言ったら

○子さんが引っ越して いっしょに住むと 言い出したのだ。

彼女は 俺から見て とにかく 訳のわからないひとだった。

 ・・・・・・・・

いま思えば 彼女には【 AC 】の…

俺には【 共依存 】や【 自閉 】の …傾向が

強かったのではないか?…と思えるように なってきた。。



その二人が そうした問題性に気付くことなく

長い間 お互いの思いを 伝え合い 理解しようとし合い

あきらめずに なんとか一緒にに やっていこうと し続けた中で

お互いに【 新たな問題を生みつづけ 】

疲れ…傷つけ合っていったのではないかと思う。



去年の入退院 自助グループ通い …以来

【 自分自身ではどうしようもない問題 】を抱えて

苦しんでいる人たちに接してきて

【 人間のわかりにくさ 】…【 自分自身のわかりにくさ 】を…

たくさん 見せつけられてきたような気がする。



聞きかじりの 心理学や医療・生理学などの

シロウト知識 シロウト分析・判断で 関われば関わるほど…

事態を悪化させていったのだろうと思う。

その挙句に 酒…アルコールの問題が加わってしまった。

そんな感じだったように 思われる。


。。。。。。。。。。


2003年の4月1日に離婚届を出した。

ちょうど丸25年…いわゆる【 銀婚記念日 】

長男Yが21歳 長女Mが16歳 2男YMが15歳のときだ。



あれから… もう 5年になる。

みんな もう 法(年齢)的には オトナになった。



人生のマラソンは コースも 距離も未定。

みんなが 同じコースを走る必要もない。

自分が 走りたいように… 歩きたいように…

自分で選んだコースを 自分のペースで

生きてい行けばいいのだろう…


…と 俺は思う。 …だっちゃね♪


。。。。。。。。。。

2008年03月24日 01時14分23秒  ゆがめない 覚悟の証 もの思い




過去日記もくじ