『 暮らしの条件 』
06.04.20 木

( 基本的現実対応と 現代社会対応 )


複雑に人工化・社会化した現代生活も
基本的な要素に還元して見てみれば わかりやすくなる
私たちが生きている状況・環境は
『 対自然環境 』 と 『 対人工環境 』 とに 大別できると思う

( もちろん 人工環境がもたらす状況の多くも
もとは自然環境要因に大きく支配されているものだが )

にもかかわらず 現代人の多くは
めまぐるしく変化する人工環境の状況に惑わされて
本来の生命としての『 暮らしの条件 』の
「必要」や「充足」を見失いがちになってしまうように見える

生き物・いのちとして 人間として 自分として
生きて・暮してゆく『 暮らしの条件 』は さほど複雑なものでもない
それを ややこしく わかりにくくしているものは
天然自然の原理から離れて その時々・地域ごとに
人為的合理性に照らして 場当たり的に
極端化され人工化されてゆく生活・生産環境や 社会環境の
2次的3次的な連鎖システムの
不具合・エラーの重複化のような要因によると思われる 

「無駄・無意味・徒労こそが文化だ」と軽口を吐く者もいるように
特に いわゆる現代の先進地域社会における 人々の生活様式や 暮らしの条件の常識は
ますます 自然を離れて 生物的あるいは天然自然的には
異常や非常識の方向(現実から幻想の方向)へと 拡散してゆくように見える

『 暮らしの必要の原点 』は
生活・生産・消費・循環環境の『 現場の整備 と 維持活用 』から ではないかと思う

『 対自然環境 』対応の自立・自給性の確保の土台を
しっかりと 確かなものにしてゆく中で
否応の無い『 現代社会対応 』を こなしてゆくこと
そうしたスタンスが 大切なように思う


暮らしの根幹は やはり一次生産にあると思う
国や社会が それをないがしろにしているような時代・社会の潮流があるからこそ
ひとりひとりの個人が
自分たちで自分の分ぐらいは何とかしていかなければならないように思う
平等のビジョンも 福祉のビジョンも 枝葉的な状況対応…泥縄的で 
しかも貧弱な 政治行政状況を嘆いていてもしょうがない

『 一灯照隅 』自分が生きている現場から 自分でできることから
地道にやってゆくことだろうと思う


百姓になりたいと思う
地に足のついた暮らしを…
作りたいと 思う