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家族連絡  06.05.21(日曜日)

作る話 考える話 変える話 明日の話

 話…シュミレーション 先の話をしようとすると いらだつ?…ひとびと

見通しを共有できないひとと 対話や共同するのは むずかしい

封建の中で 企画力=主体性を奪われてしまったひとびと?
従属・追従・奴隷的労働の中で 想像力・批判力・検証力を 奪われてしまったひと?

いや ちがうのかもしれない

安住の中で 飼いならされた 従順な飼い犬たち
飼い主の 指示を じっと待つように しつけられた者たち
何をするにも 飼い主の顔色をうかがう 飼い犬 飼い猫 家畜たち

状況の認識・分析・判断 適切な対応・表現
そうしたことが 客観的にできない者たち

そうしたことを やってはいけない環境(封建組織)に
長く依存しつづけてきた者たち

自己責任も 過失責任も
『 自分がなにをやっているのかさえ知らない者たち 』に
わかるはずも無い

上官の命令に従って やったとしても
国際法に違反した兵士の戦争犯罪の罪は 有罪になるという

しかし 指示されて 無実の市民に噛み付いた警察犬の責任が
犬にあると思う者は居ないだろう

飼い犬に『 人間としての自由も権利 』も 与えられてはいない
( もちろん 本来の『 犬としての自由や権利 』も
  幼い頃からの刷り込みや訓練によって 奪われているのだが… )



『 家畜人ヤフー 』  cf.本『ガリバー旅行記』 映画『猿の惑星』 漫画『家畜人ヤフー』 ( 作る話 考える話 変える話 明日の話 ) 06.05.21 日 企画・段取り・計画・予定・設計が できないまま 繰り返す空回り 30年前 高校の頃 『日常性への埋没』 という言葉が流行っていた 『日和見主義』『刹那主義』など…も その後 見てきた社会の中で 『 将来ビジョン 理論 主義 思想 信条etc. 』を 話し合える場は 少なかった 『 思想信条の自由 』が 憲法で保証されていても いまの日本で いったい誰が どんな『 思想信条 』を 持っているのか 『 表現の自由 』が 保証されていても いったい誰が どんな『 表現 』を 育て・鍛えて いるというのか うわさ話と愚痴 無駄口 非難 否定 口論 自己主張 …は あふれても 対話 … 分析 検討・検証 発案 提案 確認 コミュニケーション …の 生産的な『 前向きな話 』ができるひとが居なくなってゆく 目先の現実 枝葉末節の日常に溺れて 大局を見失ってゆく社会 『 拝金経済主義 』の『 他力本願 』⇒『 幻想共依存症社会 』 生産も 生活も 現実も 目先の意味にまみれて 幻想化=抽象化してゆく 主義主張も 批判検証も 選良淘汰主義的な競争原理によって 選別され 職業化された 一部の者たちに 手渡してしまう『民主主義?』 考え合い 語り合うことさえ しなくなり 『 他力本願=封建の道 』を後戻りしようとしてゆく 家畜化された感性 あらゆることを 他者に任せ 依存しつづけたあげくに 自然を奪われ 見失い 天性を忘れ 本来の仲間も 本来の天敵も 守るべきものも 退けるべきものも 活きるための糧も 心身の毒も 自分で見分けてゆくことが できなくなってしまう者たち  『 笑顔 』ひとつ作れない 『 対話 』ひとつできない  …『 表現の稚拙 』… 『 ビジョン 』ひとつ 『 仮説 』ひとつ 描けない …『 認識・想像力の未熟 』… 肥大化しすぎて バランスの取れなくなってゆく 肥満して 細胞が 脆くなってゆく社会 『格差拡大社会』 主体がどこにあるのか? 全体がどうなっているのか? 誰もわからない社会 誰にもどうしようもないほど 勝手に 崩壊自滅へと暴走し始めてゆく社会 誰にも責任を問えない社会 『 みんなに 責任がある 』 … 民主主義の自己責任 民主主義とは『 みんなが主体(主人)となる社会 』のことだろうと 俺は思う みんなが『 僕(しもべ)になる社会 』は… 主人が 夫だろうが妻だろうが 社長だろうが大統領だろうが 先生だろうが 神仏だろうが… 『 封建社会 』ではないのか …と 俺は 思う。  
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