子供たち90.機能不全家庭 2008 YM進路指導3.(08.07.14月←08.07.09水)2008年07月16日14:00
akiu 雲 子供たち90.機能不全家庭 2008 YM進路指導3.(08.07.14月←08.07.09水)
笑えない 未熟な夫婦 核家族 雲:08年07月16日 13時44分10秒
子供たち 夫婦喧嘩の 目撃者(…被害者!)雲:08年07月16日 13時23分01秒
家族90. … 2008 YM進路指導3. …
。。。。。。。。。。
YMの進路指導は なにをしただろう?
【 進路指導 】…とは? どうあるべきなのか???
子供たちに【 人生の道…進むべき方向 】 そして 【 生き方 】を
どう伝えたらいいのか …
俺には 指導する資格が あるのだろうか?
そんな思いばかりが こころに渦巻くように なっていったと思う。
。。。。。。。。。。。
俺が いつも 子供たちに言っていたことは
訳がわからなすぎた… のかも知れない。…と 今になって思う。
哲学的で 抽象的な話が 多すぎた??? …ような気もする(笑)♪
見方や 考え方 など… しかも 多様に 柔軟に
あれも これも アットランダムに…
まるで パズルゲームの ピースを なんの脈絡もなく その場その場で
一個ずつ 手渡してたような ものだと思う。
…【 全体 の 完成図 】は 俺にも 見えて いないのに …(笑)♪
でも たまには【 具体的な事 】も 言っては いたと思う。
いまもなお Mや YMには…
『 日記や お金の収支などを
【 記録 】する癖や 自分の思い(こころ)を
【 言葉にして 表現する 習慣 】だけは つけおいたほうがいいぞ! 』
…と 機会あるたびに 言っている。
しかし やっているか やろうとしているか …は わからない。
長男のYも 同じような感じだ。
【 信頼関係 】が しっかりしていなければ
【 指導 】など できるはずもない(笑)♪
長男Yが たしか 小学校5年生(1992年)のころ すでに…
「 とうちゃんは キリギリスの生き方 かあちゃんはアリの生き方だ…。
俺は どっちの生き方でもない 中間の生き方で 生きていく… 」
…というような事を 言っていた。
子供は 親たちを よく見ている。
なにより 俺が この話を聞いたとき
「 ああ やっぱり そんなふうに 見えてるんだな… 」と
少し がっかりした 憶えがある。
1992年といえば 俺がまだ ちゃんと元気に仕事していた時 …なのだ。
そのころ すでに【 遊び人 】みたいに 見られているのは つらかった(笑)♪
楽しそうに 生きていたのは 確かだが
遊び人と いわれるような暮らしでは なかったと思う。
しかし そう言っていたのだから… Yには 俺に対しては…
尊敬や 崇拝的な【 絶対的な 評価や 信頼 】が なかった。
マインドコントロール的ではなく
【 観察 批判能力 も 育っていた …??? 】
…という事だから ある意味では ヨカッタのだろうと思う。
それから 中学を卒業するころまでの 4〜5年間も
制作や 個展をやっていたし… Yとの関係も 悪くなっては居なかったと思う。
俺の言動に対して 感情的に反発したり するような事もなく
言った事に対して 明るく 素直に いう事を聞いてくれて いたと思う。
家を出るまでは 問題なく…【 基本的な 信頼関係 】は
あったと 思える。
しかし おかあちゃんとの口論には いやな思いをしていたようだ。
あとでYMが言っていたが
口論が 始まると Yは イヤホーンをつけて
テレビを 見ていたという。
かあちゃんと とうちゃんが 揃う時は … すでに
いやな雰囲気の家庭環境=【 機能不全家庭 】に なっていたのだと思う。
。。。。。。。。。。
そう言えば ふたりそろったとき 子供たち3人とも…
なんとなく 離れて おとなしくなってしまうように感じた…
それが「 いつ また 口論が 始まるか? 」に対しての
不安感や 回避(関わりたくない)など …言わば
【 見ざる 言わざる 聞かざる 】的な 反応のように思えた事などが…
気になっていた覚えもある。
しかし 俺は その頃は まだ アトリエで寝ていたので
晩飯以外の時は アトリエに 行っている事も多かったので
まだ 仕事のほうに 意識がいっていて そのまま
あまり 深く 気にしても居なかったのかもしれない。
もめごとは 1990年以降 続いていたが …
そして 1998年9月以降 家で寝るようになって
もめごとも 多くなったのだろうと思う。
加えて Yが 家を出る(1997)前後から
… 俺の【 酒害 】は 大きくなっていった。
だから 俺の【 よっぱらった姿 】を
…まともに 見て 感じて 接していたのは
… Mと YMの ふたり(…と ○子さん) …だったのだろう と思う。
。。。。。。。。。。。
過去日記もくじ
/akiukumo/A-0000index.html
。。。。。。。。。。
コメント
■ みぃ 2008年07月16日 20:33
先日TYで「モーケン」の番組を観ました。
モーケンはミャンマー南部沖、
インド洋・メルギー諸島海域を漂泊する海洋民族。
数ある海洋民族のなかで唯一、現在も海上生活を続ける少数民族だそうです。
そんな人たちに 進路指導は必要ありません。
ただ生きていくための糧を得る方法(海からと山からと)、
住居である船のメンテ、そして 民族のほこり
これだけです 父から息子に伝えることは
生きるために必要なもの以外は所有しない暮らし。
これぞまさしく自然と一体になった人間の生活だと思いました。
薬などの整ってない暮らしで たくさんの子供たちが亡くなったと言ってました。
でも もしかしたら 心の病に悩まされている人はいないのではないかと、
そんな気がしました。
便利になった世の中で 本当に人間は幸せになったのかと、
彼らの笑顔を観て考えさせられました。
あっ、またマトはずれなコメントになってしましました
● 雲 2008年07月17日 13:19
>みぃさん:俺は アル中の リハビリの中で
人間にとって 感性的な部分
自律神経のバランスみたいな部分が 心理的な落ち着き 安心感
快適さなどに 大きな影響があるものなんだな…と
思うようになりました。
子供の頃から 慣れ親しんだ環境で 慣れ親しんだ人たちと
ずっと一緒に生きて 暮らしてゆける 安心感や 心地よさは…
現代生活に 慣れてしまった人たちには 思い及べないようなくらい
穏やかで 快適なものなのではないか…などと
俺も 思いますよ♪ …だっちゃ♪
。。。。。。。。。。