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1. 子子供たち193.1988年 石の河童(08.11.09日)



子供たち193.1988年 石の河童(08.11.09日)2008年11月09日14:28 
akiu 雲 子供たち193.1988年 石の河童(08.11.09日) 




みな個性 笑顔で群れる 面白さ♪    雲:08年11月09日 14時12分31秒 

身勝手は ひとりでできる 物作り♪   雲:08年11月09日 14時08分41秒 

にぎやかに 仲間がふえる 面白さ♪   雲:08年11月09日 13時51分11秒 








 子供たち193.  … 1988年 石の河童 … 









↑参照:05/10/03月写真日記
/akiunora/05.10.03.index.html








05/11/09写真日記/akiunora/05.11.09.index.html
2005秋:写真日記/akiukazoku/ 
。。。。。。。。。。。 
★子供たち( 過去記事 )もくじ 
/akiukumo/Ad0-0000index.html





1998年は YMが生まれ 5人家族になった。 

3月 長男Yが【 髄膜炎 】で入退院。 4月には 1年生になった。 


 ・・・・・・ 

1985年の12月 … に 

「 これからは 毎年個展を やって行こう 」…と思って 

1987年1月に 第一回目をやったのは ヨカッタ…が 

次 …1988年4月… 2回目の個展 …は 

なんとも あっけなく 中止してしまった(笑) 



いま 振り返って見れば… その次の個展は【 9年後…1996年1月… 】 

しかも クレヨン画 …【 絵の個展 】だった 事になる。 

何事も 思うのは 簡単だが … 

… 実行 実現する事 継続してゆく事は …そう 簡単な事ではない(笑)♪ 



現実は あんがい 思い通りには 行かないもの…だっちゃね♪ 



 。。。。。。。。 


1998年 YMが生まれ Yが小学校に入ったばかりのころ 

ある日 はっ君と Aちゃんが 声を かけてきた。 

…「 個展中止したんなら みんなで グループ展をしよう 」…と いう事だった。 

相変わらず「 ああ それも いいかも知れないね♪ 」…と 

俺は また ほいほいと その話に 乗ってしまった(笑)♪ 



Aちゃんが 友人で地元のフリーカメラマンのSさんを 誘い 

秋保に住もうと 土地を探しにきていた 陶芸のO場さん 

それに 美学校仲間のKさん… 

それに はっくん Aちゃん …と 俺の6人。 

【 あきう6人展 】は そんなふうに 始まった。 



次の年 1989年の6月ぐらいに やる事にして 

会場を予約して ポスター作りや 会場の展示など 

定期的に集まって 準備の 話し合いを していった。 



話していると みんな けっこう こだわりが強くて 

ああでもない こうでもないと 話が展開していって 

なかなか まとまりが付きにくいことも あったが 

以前 埼玉にいたとき 1度 グループ展をやったことがあった俺には 

そのときの事が 思い出されて… あんがい なつかしくもあり …面白かった♪ 



物作りの連中と なにか一緒にやろうとして 話していると 飽きない(笑)♪ 

ひとりひとり こだわりが強くて 自分の考えを主張するから 面白い。 



この【 あきう6人 】の時も 1979年に横浜でやった【 巨匠展 】の時も 

あるいは【 美学校 】【 石徹白彫刻シンポジウム 】などの時なども… 

みんな 全くちがう 個性的な奴等が 集まって 同じ場で 

同じひとつの事をやるために【 群れて 】いたのだけど… 

【 争いや 利害などで いやな思いをする事 】なんて まったくなかった。 



いま 振り返って 客観的に考えて見ると 不思議な感じもする。 



まず 第一には【 誰かと誰かが 結託する…つるむ…事が 無い 】感じがする。 

だいたい【 アーティストなんて 自分だけが頼り のしごと 】… 

普段から 人を頼ったり あてにしたり 

つるんだりする感覚が あまり無いのだろうと思う。 

だから どんな意見の違いも 党派的に集約されていったりして 

2極対立的な【 分裂的な 緊張感の増幅拡大 】に 

なって いかないから なのかもしれない。 





。。。。。。。。。。 





逆に見れば【 自分勝手な人間たち 】ばかりだ(笑)♪ 

壊れる時は…だいたい【 ん…じゃあぁ〜 俺はやんない… 俺は抜ける… 】 

みたいに 刃がこぼれてゆくみたいに 解散してしまうものだ(笑)♪ 



みんな【 ひとりでやる 】…ことが 

【 基本的な スタンス 感性 】として 

身に【 沁みついている 】…のだ と 思う。 

それが なぜか【 気が合う 】時の 感じは… 

【 自分とは ちがう 面白さ … 相手の個性 】 

…が【 魅力的に 感じられる 】時 のような…気がする。 



話でも 作品でも 行動 判断でも … 

みんな 自分には無い世界 … 自分にとっては 想定外の 

【 独自の世界を展開してくれる 】から 面白い の だろうと思う。♪ 



俺は そんな感じの【 群れ 】が 好き なのだろうと思う。 



そうしてみると… 自助グループも 同じような感じがするから … 

俺の感覚には 合っているのかも知れない などとも 思えてくる。 



 ・・・・・・ 


色麻町から 河童橋のカッパの彫刻の話が来たのも 

たしか この年の春ごろだったと思う。 

外の石彫の仕事だったのだが 俺はこの時 石はやってなかったので 

はっくんに回すことにして 一緒に 役場に打ち合わせに行って 

結局 はっくんがやることになった。 

( … 色麻町の入り口の「 河童橋 」にある 

    … 石彫の河童2体 …は はっくんの作品です♪ … ) 



はっくんは 早速 見本の ちいさな 石のカッパを作ったので… 

俺も 面白そうに思って… 

「 カッパって… こんな感じじゃない? 」みたいに 作ってみた。 

それがきっかけになって 結局 コンプレッサーや ノミを揃えて 

この年の 夏から… 俺も 石の小物を 作り始めることになった。 

この年は… MとYMを遊ばせながら グループ展用の作品制作と 

片手に持てる程度の 石のカッパを 

いろいろと のんびり 作っていた感じだった…。 






。。。。。。。。。。 





○個さんとの もめごとが 日常的になっていったのは 

たぶん 1991年春から…なので 

うんざりするような【 機能不全的な 家庭の 雰囲気 】は 

… まだ 始まってはいなかった…と思う。 



この年1988年は まだ ○子さんは 産休で 家に居たし… 

家族5人になってからは … 

弟が生まれてから … ちょうど もの心つき始めた Mちゃんは 

もう …いっちょ前に お姉ちゃん気取りに なってたり… 

長男のYも【 子分達(…ペット?)見たいな ちっちゃい仲間 】が 

… ふたりもできて 兄貴ぶって けっこう楽しそうに やっていたと思う。 



オヤジが持ってきた ニワトリ30羽 飼う事になったのは 

たしか… はっくんが来た年 1986年から だったから… 

毎日20個以上生まれてくる卵を 持て余して… 

どうせなら 売ってみようか? などと 思っていたのは 

このころだったのかもしれない。 



レディとポチ(キャバリア犬♀♂) そしてラビッツ(♂)など 

家に ペットが 増えていったのは… 

次の年 …1989年… あたりから …? 

… だったの だろうと思う …? 





。。。。。。。。。。。 


■ コメント




■  ゆみりん 2008年11月10日 09:08

 弟kです、ゆみりんの日記へのコメントありがとうございました。

私の相方については例会でもまだ話はしたことないので(bohさんだけ知っています) 

私の相方が発病する間際、私は全く相方の変化に気づきませんでした、

ただ思い返してみると、

夜中に変なことを言ったり、喧嘩が多くなったり

(私達はお互い冷静に話ができるのでほとんど喧嘩、言い争いはしません)

そんな自分を責めたりもしました。 



ただ精神的にまいってるだけだと思い、

会社を辞めさせ同棲を解消して、実家に帰すことにしました。(実家は栃木県です)

そして実家に帰す時に発病しました。

私と離れたくなかった恐怖心、不安がでてきてしまったようです。 



でも今は社会復帰してばりばり働いていますから大丈夫です。

良い先生と出会いデイケアにきっちり通っていましたから。 



そしてそのころに私が発病してしまうのですが、上手くいかないもんですね。 

日記と全く関係無いコメント失礼しました。




●  雲 2008年11月11日 20:23


 >弟kさん: 


やはり 人間関係は【 相互的な部分 】が 大きいのだろうと思いますね。 

【 ミラーニューロン仮説 】や【 ミラーワーク 】的なものが 

いつも 関わってきているのだろうと思います。 



飲んでるアル中さん同士が 集まれば 悪化していき… 

回復しようとしている者同士が 集まれば 回復してゆく。 

そうしたこと… なのだろうと思いますね。 



そして…現実には 

【 よく わからない者同士 】が 関わるのが…ふつうで 

その場合は… どうなっていくかも【 運しだい 】のような気がします。 



相方さんと弟kさんの場合も やはり共依存的な部分が 

強かったのかもしれませんよね?。 



相乗効果が 負の方向に働いてしまっていたのかも… 

結果的に 離れてよかった…と言う事に なればいいのだと思います。 



  >会社を辞めさせ同棲を解消して、実家に 帰すことにしました。 


このあたりの 弟kさんの対処は 正解だったのだと思いますよね。 

【 共依存関係 】の回復には 

【 それぞれの根っこ の 問題 】を分離して 

それぞれが【 自分で引き受けてゆく事 】が 

大切な事 なのかもしれないですよね。 



弟kさんの 発病も やはり 共依存から 離れた事で 

【 根っこ が 見えてきた… 】 

…と 捉えられば いいのだと 思います。 



俺の場合は 相方さんの【 AC 】が 【 病理的な症状 】まで 

発病しないでくれた分だけ… ヨカッタのかも知れないとも 思えます。 

俺が 先に【 アルコール性うつ 】に なった事が ヨカッタ? 

とも 思えたりします。 



現在 目覚しく解明されてきた【 脳生理機能疾患 】 

むかし【 発狂 】と 言われていたものに関して… 

俺は なぜか 子供の頃から 関心が強かったような気がします。 

高1の時 芥川竜之介に興味があったし 高村光太郎と智恵子の関係 

ゴッホや ドストエフスキーの生き方など 俺が共感を持ってしまう人間は 

ほとんど どこかに【 狂気 】の匂いが 有ったような気がします。 



それは いま思えば やはり 単に【 神経質 】な感じ…だけ 

だったのかもしれない…と 思えます。 


感性… ものの感じ方が【 似ているから 共感が強い 】 

…ただ それだけだったのかもしれないとも 思えます。 



そういった意味では 俺の相方さんは【 ちがうひと 】 

…だったような気がします。 

 ・・・・・・ 

あのひとは【 悪い人 】ではなく【 にぶいひと 】 

なんだろうと いまは 思います(笑)♪ 



出遭った時… 彼女が たまたま 

受験に失敗して時で 神経質になっていたから… 

惹かれ合ってしまった… ただそれだけ 

みたいな事も あんがい 有るのだと思います。 



ふたりとも エリート型で 生真面目だから… 

しつこく 無理しながら… 

続けて(続いて)しまったような感じがします。 



無理を続けて 神経が かなり金属疲労してしまっていた所に 

酒が入って 俺が 壊れてしまった(笑)♪…そんな感じがしています♪ 



人間関係も 人生も … そんなもの なんだろうと 思いますよね♪ 

おおらかに 生きてみること なんだろうな… とは 思いますね(笑)♪ 




■ ゆみりん 2008年11月12日 18:07


 こんばんは、雲さんの言う通り

共依存的な部分はあったかも(相方のほうかな) しれません。 



発病して病状がある程度落ちついたからは、私にかなり依存していました。

私は毎日電話して 色々話しをして落ち着かせたりしました。 



しかし、ある日これではあまりにもなので

「俺に依存するな、1人で生きて行 く力をまず作ってくれ、

 こんなお前には魅力が無く付き合えない」

と言いました。 



それからは大分変わりました。

とにかく一緒いたい、そばにいたい、ふられるとかの不安があったのだと言っていました。 



でも相方はacではありません(私はacです)、

i先生の勉強を受けて少しづつわかってきました。 



今の2人はそういう意味では良い関係です(まあ9年付き合ってますから) 

お互い病気になり、お互い別々にデイケアや例会に通い

勉強して行きいずれ 一緒になれればと思っています。




■  ゆみりん 2008年11月12日 21:23

 失礼しました、さっきのコメントはゆみりんではなく、

弟k私のものです。



●  雲 2008年11月13日 12:40

 >弟kさん: 


【A:継続的な人間関係 】 

【B:心身の利害をも 絡んだ人間関係 】 

男女関係…は 結婚や子供ができる以前でも 

さまざまで 複雑な要素があるから 

ややこしくなりがち なのだろうと思いますね。 



俺は 去年あの病院と自助Gに繋がって… 

【 こころの根っこ 】と【 脳の生理機能 】への視点を 学び始めてから 

いままで よくわからなかった事が かなり 見えやすく 

わかりやすくなって来たと 思えます。 



もっと前に そうした事を学べていたら… 

パートナーとの関係の 悪循環に 18年間も 徒労を繰り返したり 

お互いを 傷つけ続ける事も 

子供たちを そうした事に 巻き込んでしまう事も 

しなくて済んだのかも知れない… とも思います。 



人間として 大切な事を どこで どう 学んでいけばいいのか… 

そうした事でさえ まだ 行き当たりばったりに 

【 運次第 】で出会うしかないような 時代や社会なのだろうと思います。 



せっかく 運良く出会えて いまのところ…救われている(笑)♪ 

そう考えると これからの人生で やはり 

なんぼかの 恩返しをしていきたいとは 思えるようになってきた。 



いまの所は まだ 自分自身の回復から… 

自分の暮らしを しっかりさせる事から…だとは思うが 

これからの 残された人生の方向性や要素として… 

自助グループなど…を できるように考えていきたい…と 

思うようになってきました。 



弟kさんたちも 若いうちに【 こころのケア 】の現場に繋がれて 

学んでいける機会を持てた事は ある意味幸運だったのだと思います。 

相方さんとの関係も お互いに成長してゆく事で 

キットいい方向に向かっていくのではないかと思います。 



まだまだ 若くて先がある弟kさんたちが うらやましいだっちゃ♪ 

俺も 生きてるうちは みんなにとって いい未来を作っていけるよう 

なんぼかでも やれる事をやっていこうと思うので… 

いろんな事を みんなで 話し合い 考え合い 

工夫し合って 行きたいですね♪  




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ミクシー2007/11/09金 
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