2009年04月12日 10時59分02秒
ひとが居る 幸せ忘れ いがみ合い
めも:mixi日記より akiu 雲 日常484.言葉 文化の遺伝子 神様のこころ (09.04.12日/04.11金/02.23月)
↑からのつづき 。。。。。。。。。。
子供の頃の 俺は 傍観者的に…周囲を眺めて
漠然と 観察したり 感じていたり 考えている事が 多かった気がする。
いつも… ストレスは さほど? なかったと思う。
いわゆる【 空想・夢想家 】のような 子供だったのだと思う。
大きくなるに従って…
どんな風に すれば 文句を言われ…
どんな風に すれば… 喜んでもらえるか…
だんだんと わかってきて
【 他者との間に 問題が起きないような 対処の仕方 】を
覚えていったのだろう…と 思う。
しかし それは 場所や状況や相手によって… さまざまに変わってくる。
特に 人の数が増えてくると まとまりがつかなくなってくる事も多い。
【 アッチを立てれば コッチが立たず 】…という具合だ。
ひとりで やっていれば 自分の邪魔になるものは 人間ではないから
壊したり 排除したりしても…あまり問題はない。
しかし ひとが 集まって なにかしようとすると
それぞれの動きが ぶつかり合ってしまった時
他者を 牛耳ったり 排除する事…は
原則的には …問題がある事… なのだろうと思う。
そういう場合に 役に立つのが…
【 言葉 】による【 お互いの 動き方の 相互確認 】
…なのだろう と 思う。
【 言葉を 誤解・曲解してしまう 相手 】…
【 言葉を 聞かない … 無視する 相手 】…
あるいは【 言葉が 通じない相手 】…などと
【 一緒に なにかやってゆく事 】は
けっこう … めんどうなものだ …と 俺は 思う。
おしゃべりばかり していても 何もできないようにも思うけれど…
【 お互いの 足の引っ張り合い 】をしてたら
… もっと 無駄や 問題が増えてしまう。 …と 思う。
↓につづく 。。。。。。。。。。 |
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