子供たち37.平等6-1.1991〜99(08.05.15木) 2008年05月16日13:34
akiu 雲 子供たち37.平等6-1.1991〜99(08.05.15木)
ひとにより ルールが違う わからなさ 雲:08年05月16日 13時23分57秒
子供たち37. … 平等6.1991〜99 …
。。。。。。。。。。
1991年の4月までで 受注仕事をやめた。
YM3歳 M4歳 Y10歳 … 俺は38歳。
あのころは まだ 酒に 溺れてもいなかった。 鬱でもなかったと思う。
でも ○子さんとの[ ケンカ…口論 ] が 日常化したのは…
1991年の4月から だった事だけは ハッキリと覚えている。
4月に 仕事の関係の箱根行きに 家族を連れて行って
結局… 仕事の途中で 帰ってくることになってしまった。
その事で 俺の意識の中で ○子さんへの 対応を変えた。
それ以降 ○子さんの問題点に対して
【 黙って受け容れつづける事 】を やめたのだと思う。
38歳… 付き合い始めてから20年…
【 俺の信じてきた関わり方 】にも
問題があったのではないか…と 思えたのだ。
俺は いつも 誰にでも【 受け容れて 】付き合うように
…してきたのだと思う。
世間で よく言う【 来るものは拒まず 去るものは追わず 】というやつだ。
相手を受け容れて 自分から合わせてゆけば…
争いごとや問題を起こすことなく ひとと馴染んでいけると 思っていた。
しかし 最近聞いた…【 他人は変えられない 】 という事は
… そのころは 意識しては いなかった。
【 自分を 変えてゆく事 】…は みんなに平等な【 共有認識 】
…つまり【=常識 】…だと 思っていた。
。。。。。。。。。。
もちろん そうは 言ってみても…
そうした事を わかろうとしないひと
自分の思いばかりに 執着しつづけてしまっているひとも
世の中には 山ほど居るのも 確かだと思う。
ただし 身近にそういうひとがいると
いつも こっちだけが 一方的に【 合わせ続けて 】いなければならなくなる。
問題が無いうちは それでもいいが
問題に直面した場合や 納得のいかない場合は
時に 自己主張も しなければ ならなくなるものだろうと 俺は思う。
1991年の4月… あの時の俺には… もう
【 受け容れて フォローするゆとり 】…が なくなってしまっていた。…と思う。
【 限界 】…だと 思えた。
このひとの 無神経さや 世間知らずの未熟さや安易さ
あるいは 反省や成長や学習への意欲の無さ 不注意や無頓着…
何より 大切な場面での 認識や対応…への 感性のちがい
危機認識感覚や 危機管理への 対応性や 判断の違いは
大きな問題だろうと思えた。
【 このままの…このひと 】とは いっしょにやっていけない
フォローしきれない…と 思えたのだ。
【 これは相対的な問題 】なのだ… とは思う。
あのひとが異常で 俺が正常だ…と 言いたい訳ではない。
単純に…【 あの人と一緒に 何かしてゆく事 】は …俺にとっては 怖い。
あるいは めんどくさすぎる。…そういうことなのだろうと思う。
【 俺にとって 】…あのひとは
【 訳わからな過ぎる 】…という事に 過ぎない。…の だと思う。
。。。。。。。。。。
その結果…
【 このひとの問題を 何とかしなければならない 】
…と 思ってしまったのだ。
それ以降 ひとつひとつ 確認し 改善を求め始めるようにしたのだと思う。
結果的に それがこの 17年間の問題の元になったのだろうと思う。
何かと言えば すぐ 言い争いに なるようになった。
彼女は 受け容れてもらう事しか 許せないような人だったのかもしれない…と
いまからみて 思えたりする。
【 彼女の問題点を 俺が 何とかしようと思った事 】
…それが 俺の【 最大のマチガイ 】だったのだと
精神科や 自助グループに 通う中で
最近… 思えるようになってきた。
【 過去と他人は… 変えられない 】もの… だったのだ。
。。。。。。。。。。
参照