ノート  アル中について 問診日 アル中高校生 風の広場
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子供たち38.平等6-2.1991〜99(08.05.16金←08.05.14水) 2008年05月17日00:45
 akiu 雲 子供たち38.平等6-2.1991〜99(08.05.16金←08.05.14水) 




盲信と 思い込みでは 続かない   雲:08年05月17日 00時36分01秒 

伝え合うホンネ 歪めず 正直に   雲:08年05月17日 00時19分38秒 







 子供たち38.   … 平等6-2.1991〜99 …  






。。。。。。。。。。 

【 過去と他人は 変えられない 】 

【 自分と未来は 変えられる 】 
  
。。。。。。。。。。 


彼女は【 受け容れてもらう事しか 許せないような人 】 

…だったのかもしれない …と 

いまから見れば そう思えてくる。 

 ・・・・・・・・ 


俺は それ以降 ひとつひとつ 確認し 

改善を 求め始めるように していったのだろうと思う。 

結果的に それがこの 17年間の 

【 問題の元 】になっていってしまった…のだろうと思う。 



何かと言えば すぐ 言い争いに なるようになった。 



思い返せば それ以前から 批判や 注意は… 

彼女にはタブー【 禁句 】だった。 

必ず 感情的になり 感情論的な逆襲を始めて 収拾がつかなくなり… 

結果的には 俺のほうが 折れて なだめるしかなくなる そんな感じだった。 



しかし 箱根の件以来 俺は 

【 問題点を放置したままにするのはマズイ 】と感じて 

こちらが引いて【 その場しのぎで納める事 】を やめることにしたのだ。 

そうして 17年… 改善どころか 悪循環の泥沼 

底なし沼に嵌ったように 悪化の一途をたどって 過ぎてしまった。 



喧嘩のたびに 胃が痛くなり出したのも この頃からだった。 



そして このあたりから 家庭も 仕事も… 

なかなか 思うように行かなくなっていった。 

やはり 俺自身のやり方にも問題があったと思う。 

自分の仕事の 作リ方… 本気度や 真剣さ 切実さ …そうしたところが 

結局 考え方も やり方も 甘過ぎて いたような気がする。 

 ・・・・・・・・ 

大きな仕事が 棚ボタのように入って来て… 

何年間か ホイホイ仕事をしたが 

そうしたことは すべて 周りの流れが有っての事だったのだが 

物事が 結果論的に上手くいっているときには… 

自分自身への 訳もない自信や 傲慢も 芽生えていくのだろうと思う。 



公務員である○子さんの 収入があったから 

基本的な 生活費に関しては なんの問題もなかった。 

俺は 子育てや 家庭担当だという意識だったので… 

仕事は【 2番目 】だと思っていた。 

だから できる範囲で 自然に収入…が 増えていって 

自立の方向に向かっていっていればいいと… 

脳天気に のんびりと構え過ぎていたのだと思う。 



家庭や子供たちから 手が 離れるようになっていけば 

いつだって 自分の分ぐらいは 稼いでいけると 楽観的に考えていた。 

しかし 実際には そうは行かなかった。 



この年から 石彫や 木工 テラコッタなどのクラフト作りを始めたが… 

現実に 順調な仕事の流れや 収入に 繋げていく事は 

そう簡単に 上手く進んでは行かなかった。 

店として… 【 アトリエ雲 】のオープン案内を出したのは 

結果的には 3年後…1994年の4月。 

 …丸3年後だった。 

個展を再開したのは その2年後 1996年の1月からだった。 

しかも 動き出したけれど… 思うように 収入には なって行かなかった。 




。。。。。。。。。。 

【 過去と他人は 変えられない 】 

【 自分と未来は 変えられる 】 
  
。。。。。。。。。。 




↑からのつづき 
。。。。。。。。。。 



ちょうど その頃から 酒が常習的に なり始めていた。 

言い訳する気はないが 酒に逃げたような 気はしない。 

安易に 日中 酒(ワイン)を飲みながら仕事するようになって ただ … 

【 酒に捕えられてしまった 】 

 … ような感じだろうと思う。 

鬱の自覚…【 行動不能 】を 実感したのは…1999年の末からだ。 

それまでは 曲がりなりにも 仕事(制作)は していた。 



1995年ごろから クレヨンで 絵を描き始めた。 

家の片づけを していたら 子供たちのクレヨンが大量に残っていたから… 

もったいないと思ったのだ(笑)♪ 

描き始めると またそれに ハマッテいった…笑。 

その絵を「平和美術展」に出品したのと 

仙台駅前のビルでギャラリーをやっているビルのオーナーに 

ロータリークラブでの講演?を 頼まれたのが きっかけで 

1996年の1月に 絵で 個展を再開する事ができた。 

絵のほうが 搬入とか楽にできたので 彫刻より絵のほうを中心に 

展示するようにして それから 1998年まで…2年ほどの間に 

10回ぐらい個展を やった。 



思えば これでお金を 使い切ってしまったんだろうと思う。 

制作や 展示や 案内状などの事は 考えていたけど 

1回ごとの きちんとした収支決算 収入の事を 

キチンと見ては居なかった…と思う。 



なんとか 自分の分の 経費全体を …出せていたのは 

1998年ぐらいまでだったと思う。 

1999年に 浅草のYの師匠から「 黒御影の大黒さん 」を 

依頼されたときは 道具代も 材料代も…無くなってしまっていた。 



こうしてみると 1999年から 今年の4月まで… 

丸8〜9年間ぐらい ○子さんの稼いだ金で 

暮らして来た事になるのだろうか…? 



たぶん 彼女の不満のポイントは 

そうした部分にあるような気がするから 

そこは キチンと ごまかさないで 確認していきたいとは思う。 




。。。。。。。。。。



 
参照

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↓アル中について

1.アル中入院

2.酒害・無知

3.状況 : 1.理解 2.対処

4.自助グループ

5.常識 と 予防

6.栄養吸収障害

7.アルコール耐性 と 体力

8.狂気の沙汰 : 離脱症状

9.家族

10.酒 と 暴力

11.酒 と [ うつ ]

12.余命告知

13.酔い心地

14.根っこ : 依存のモグラ叩き

15.共依存







↓アル中高校生

1.アル中高校生

2.最初の印象

3.ハートウォッチング

4.春の陽射し

5.昼休みのメニュー

6.酒・タバコ

7.体育・強歩大会-1

8.体育・強歩大会-2

9.文化祭-1 

10.文化祭-2

11.夏休み

12.狂気の沙汰 : 離脱症状

13.卒業-1

終.卒業-2







4.自助グループ

5.根っこ : 依存のモグラ叩き

6.余命告知

7.酔い心地

8.

9.共依存

10.栄養吸収障害

11.アルコール耐性と体力

12.常識と予防

13.狂気の沙汰:離脱症状

16.酒害・無知

17.理解・対処

18.

4.自助グループ

5.根っこ:依存のモグラ叩き

6.余命告知

7.酔い心地

8.

9.共依存

10.栄養吸収障害

11.アルコール耐性と体力

12.常識と予防

13.狂気の沙汰:離脱症状

16.酒害・無知

17.理解・対処

18.

19.

20.

6.うつ1

7.うつ2



















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