子供たち58.学び方1.我が振り糾す 船場吉兆 情報(08.05.27火)2008年05月28日17:33
akiu 子供たち58.学び方1.我が振り糾す 船場吉兆 情報(08.05.27火)
なにごとも ひと真似だけじゃ 学べない♪雲:08年05月28日 17時16分17秒
現代は 余恵なことが 多すぎる♪ 雲:08年05月28日 17時11分20秒
家族58. … 学び方1. 他山の石 …
。。。。。。。。。。
★他山の石
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%c2%be%bb%b3%a4%ce%c0%d0
情報にしても ひとのふれあいにしても…
注意しないと 誰かが 傷ついてしまう 危険性がある。
だからといって 当たらず触らずにしていれば
傷も 問題も 見えてはこない…ことも多い。
情報の使い方は【 他山の石 】的な利用が いいように思う。
【 他者の失敗の姿 】は ひとそれぞれ 本人が 自分に返してみて
自分を研いでゆく【 他山の石 】とする事が 大切なのだろうと思う。
量産 大量流通の必然に支えられた 現代社会は
情報を見聞きし… ただ 鵜呑みにしたり 模倣・コピーするだけ
の傾向が 強くなってきているような気がする。
その結果 失敗や マチガイ 問題への対応【 反省 】も…
単に 人真似して…【 反省してるフリ 】や
【 言葉上の…思い込みだけの独善 】に
なってしまう事も 多いのだろうと思う。
便利になり 自分で 手間ひまかけてやる必要が なくなってゆくと
だんだんと 現実感が 薄れていくものだと思う。
いきもの本来の 物事への理解⇒認識は【 五感反射的なもの 】だ。
何でもかんでも お金を出して【 他力本願 】的に 実現したり
ロボット化や オール電化みたいに スイッチひとつで 簡単にやっていたら
脳回路は 鍛えられるかもしれないが 身体機能や
五感的センサーの 微妙で繊細な 認識と表現の機微…現実対応性…は
学んでゆけないだろうと思う。
なにごとも 表層的…薄っぺらで 観念的・バーチャルな時代になっている。
自殺にしても 集団が流行ったり 硫化硫黄が流行ったり…
自殺そのものさえ 誰かがやってる…から そういう発想ができるのだろうが…。
生きることが面白く 楽しいと思えない時代に
なってしまっているのだろうと思う。
その理由のひとつは 生きてゆくことが
楽に 便利に 簡単になってしまっているからだろうと思う。
あるいは バーチャルに…【 脳内的 】に…なっているから
頭だけが 疲れて イカレてしまうのだろうと…思う。
要するに 子供の時代からの…【 便利すぎる 現代生活 】の中で
おおらかで想定外な 自然界の柔軟性や厳しさなどの
【 本来の現実感(=手応え) 】を 得られない生育状況の中で…
生命的な存在感覚としての【 いのちの実感 】への
体験不足の 不安感や 不満感が
【 思い残し的なストレス 】と なっているような気がする。
心理的な欠落感… 充足感の潜在的な不足感。
それは 本来心身の総合的生活環境全体…暮らしの場そのものにあるのだろうが
それは あまりにも大きすぎて常識化してしまっていて…見えない。
そこで 情報に頼ってゆくのだと思う。
現代では 現実の全てが情報化されて
どっかにありそうな 気がしてしまったりするのだ。
子供も オトナも そんなふうにメディアのなかの幻想に洗脳されて…
フィクションとノンフィクション あるいは モラルとインモラルを…
個人的密室の中で混同して 独善的に 夢見始めてゆくのだろう。
近代の犯罪などの発想や心理の根底には
情報社会の影響に起因しているものが多いのは 確かだろうと思う。
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★他山の石
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%c2%be%bb%b3%a4%ce%c0%d0
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しかし そうした学習要因を
【 隠蔽すること 】によって 防ごうとしても できるものではないと思う。
問題は 学び方に あるような気がする。
メディア関係者も 教育関係者も 受け手側への配慮が
無神経 あるいは 稚拙すぎるのだろうと思う。
まず 何よりも みんな しごとの本質さえ 意識もせずに
漫然と エゴの実現や 自分や家族の生活手段程度の意識で
訳もわからず 妄想の種まきをしてしまっているのではないか…とさえ 思えてくる。
自分が蒔いた種が 一粒残らず 最終的にどうなったのか…まで
しっかりと確認しようとする事は 大事な事だろうと思う。
少なくとも 人間の 発想…アイデアや ノウハウという種は
芥子粒…大麻の種以上に ヒトを狂わし得る…危険な種なのだろうから。
誰がどう受け止めて どのように利用してゆくか
そこまで確認して 物事の流通をしていけば
それほどの普及力も無いし 経済効率も生まれないかもしれないが
少しは安全になる。
そうした供給側のブレーキ意識と 受けて側の学習姿勢や
物事の 活かし方の認識。
生きて行く事とは どういうことなのか?
何をしたらいいのか 何をしてはいけないのか?
何が 面白いのか? 何がつまらないのか?
まずは 自分の やりたい事 やってる事の ホントの目的ぐらい
ちゃんと 公言できるぐらいにしておく事だろうと思う。
なにも 立派な事を言う必要なんか ないのだと思う。
まずは みんな ホントの事…ホンネを 思ったとおりに話してみて
語り合い 確認し合っていけば いいだけなのだ。
そういうことを みんなが まず 自分自身の口で
いつでも どこででも 誰にでも…
ハッキリと言えるようになる事から…では ないか… などと
俺は 思う。 …だっちゃね♪
お互い未熟で 無知蒙昧だからこそ 少しぐらい角が有っても
刺が有っても 自分のホンネの言葉を交し合って
互いを磨き合ってゆくほうが いいのではないかと 俺は 思う。
また生えてくる刺を抜いて 毒を内側に隠して ふれあうのが
優しさだとは思えない。
それでは いつまでたっても 危険はなくならない。
毒の元を無くすため 刺の発生源を根治するための智恵や 工夫を
【 みんなで考え合っていく 】ほうが 賢明な… 気がする。
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コメント
■ みぃ 2008年05月29日 06:05
確かに今は 何か解らないことがあったら
PC開いて検索すれば たいていの答えは出てきます。
昔は 親に聞いたり 学校の先生に聞いたり 友達に聞いたりと
いろんな人と触れ合いながら あーでもないこーでもないといいながら
身につけていってたように思えます。
便利になりすぎて 失ったものもたくさんあるのですね。
● 雲 2008年05月29日 13:09
>みぃさん:
【 わかったつもり 】【 できてつもり 】が…
あんがい怖いのだろうと思います。
昨日「船場吉兆閉店」のニュースを見て…
ここ数年の 建築偽装 銘柄偽装 ミートホープやら
白い恋人 赤福 などの事を 考えてみて
弁解や反省…学習力などの事を考えてみたのですが
誰が見ても わかるような【 反省の無さ 】…は あんがい
【 他人事ではない 】なと 思ったのです。
失敗に学んで 反省して 成長できるかどうかは
やはり【 本当に謙虚になれるかどうか 】 だろうと思います。
できるひとたち…成功者たち(失敗経験の少ないひとたち)
の中には…それができない人たちが 多いように思えます。
いままで 上手くいってきたから…
自分の考えや やり方が 正しい まちがってはいないと
【 思い込んでしまっている 】事が 多いからだろうと思います。
そして そういう人たちは そういう人たち同士で
付き合ってゆく場合が多いので そうした【 思い上がりや 慢心 】が
常識化してゆくのではないか と思います。
そうした事を 改善するのには やはり
【 立場や境遇の違う人たち同士 】の
普段からの【 平等 対等 】な【 交流 や 意見交換 】が
大切なのだろうと思います。
成功した者が 必ず 正しかったり 有能だったりする訳ではない。
そうした事が ちゃんとわかっていれば
そんな事だけで ひとを評価する事も ないと思う。
ひとは皆 基本的に 平等対等に 忌憚無く
自由にホンネで 触れ合ってゆくべきだ。
と 俺が思うのは…
実際に いろんなひとと触れ合ってみると どんなところにも
傲慢なひとも 謙虚なひとも 真面目で誠実なひとも
いいかげんで うさんくさいひとも 混じっていると思うからだ。
それは ひとりのひとの内側にも 混在していると思う。
それらの是非の判断を 学ぶためには
多角的な見方や意見が 聞けたほうがいいと思う。
多様化した社会を受け容れて 対応してゆく感性を育ててゆくには
多様な人間関係との ふれ合い体験が大切なのだろうと思う。
それを実現するためにも 職業や 性別 年齢 能力差別など
による 人間関係の【 優劣評価 】の差別をなくす事が
大切ではないかと 俺は 思うんですよね♪
やはり 利害関係の無い 気楽な付き合いを
いつも どこかに作っていることが大事ですよね♪
。。。。。。。。。。
参照