家族9. 休日 2007年11月28日02:33
akiu 雲 家族9. 休日 (2007/11/27火)
家族9. … 休日 …
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何もしなくても 現実は ある。
よく「 主婦だって 休日がほしいわ 」…と 言うが
幸か 不幸か 俺の生活観にも…
休日という感覚が ほとんど無い。
まぁ ずっと年中休日だったようなもの かもしれないが…
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1987年の11月 ネパールに行った時…
道沿いに 職人さんの店が たくさんあって
立ち止まっては 長男のY(5歳)とふたりで眺めていた。
向こうは まだ 手仕事が殆んどで…
たいがいは 単純な道具だけ使って
器用に 変幻自在に 素材を加工していくので
まるで大道芸を見ているような感じで 面白かった。
あの時は 彫刻仲間のAとその娘のAY(5歳)と
父ふたり子ふたりの 4人の珍道中だったのだが
カルカッタから カトマンズと 10日ほど一緒に動いて
観光地めぐりに気ぜわしい Aのペースに参って
カトマンズの2日目から 俺とYは別行動にして
泊まっていた安ホテルの 周辺の町中を
ぶらぶら 眺めながら 遊んで歩いた。
道には インドみたいに 牛が歩いていたり
寝そべったりしていたし…
露天商も やたらと多く 何かと声を掛けてきた。
中には まだ小学生ぐらいの 子供たちも多く…
5歳のYと たいして違わないような子も 逞しく商売していた。
アッチでは 定価ってもんが 全くわかんなくて
同じようなものが 店によって値段が大きく違ってたし
手作りのものが 殆んどだったから
質の良し悪しも 素人目にはよくわからない。
ある店で Yに着替え用(兼お土産)と思って
現地らしい 綿の手編みのシャツを見つけて
また後で来ようと… 午後になってから行ってみたら
午前の倍ぐらいの値段だという。
そりゃぁねぇだろう…と いろいろと ごねてみたが
その値段は 俺の値段じゃないと 頑として譲らないのだ。
同じ店で 店員によって値段が変わっちゃうのだ♪
でも どっち道 日本人にとっては 安かったので
結局は 買って 向こうでも 役に立ったのだが
帰ってきて 不用意にも洗濯機で洗ってしまったら…
なんと… ばらばらに解体してしまった(笑)
ありゃ… テーマは休日だったっけ!?
まいいか あしたにつづく…にして
今日は寝ます…だっちゃ♪
akiu 雲 家族9. 休日 (2007/11/28水)
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家族9. … 休日 …
きのうのつづき
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話がそれてしまったが…
向こうの 道端の工房を眺めていて 思ったのが
のんびりと仕事している…ということだ。
動きは しなやかで ゆるぎないのだが
なんと言おうか 忙しそうな感じや
根を詰めているといった「 リキミ 」がない。
いわゆる 自然体でリラックスしている感じがするのだ。
それに 朝早くから…夜まで 1日中仕事しているが
途中お茶を飲んだり 話したりと ゆとりがある。
けっして 接客の店ではない工場なのだが
せかせかと ★働いている★と 言うより
日々の暮らし そのものの流れを こなしていると言う感じだろう。
それを観ていて 俺は子供の頃 周辺にあった世界を 思い出した。
あの頃は 友達の家にも
職人さんの家や 家内工業的なトコも多く
遊びに行くと仕事場で 友達の父ちゃんが
「おお!…お帰り!友達か?」とか
「オメェー どこんちのガキだ!?」…なんて
声かけられたりした。
黒光りした床に座って 板金叩いたりしてる
友達の父ちゃんの仕事姿を 見てるのが 面白かった。
うちはサラリーマン家庭だったから 仕事場も無かったし
父ちゃんがどんな風に仕事をしてるのかさえ 知らなかった。
休みの日の姿しか 見てはいないのだから…
休日の父ちゃんは 庭の草取り…あと 何してたったっけ???
普通の日の夜は たいがい
飲んで 酔っぱらって 遅く帰ってくるか…
酒飲みながら 晩飯食って TV見ながら酒飲んで 寝てしまう…。
その どっちかのパターンだったような気がする。
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そうして考えてみると
俺は 子供の頃 オヤジの★ 休日の姿 ★だけ
目に焼き付けて…育ったんだなぁ〜と いまさらながら思うのだ。
家の中で 毎日 朝から晩まで 働いているように見えたのは
どう見ても 母ちゃんの方だった。
共稼ぎだったから…母ちゃんも 父ちゃんも
家に居ない時は 仕事してるんだろうと思っていた。
(いま思えば 仕事の実態は全く分からなかったのだが…)
でも 母ちゃんは 家で毎日… 夜も 休日も
なにかと働いている姿のほうが 焼きついている。
主婦には 休日が無い… 確かにそんな感じだったと思う。
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… 休日 …という概念は
勤め人社会になってきて はじめて
常識化してきたのだろうと思う。
農家や 家内工業的生産社会では…
その業種ごとに 季節などや 仕事の状況によって
もっと フレキシブルな休日の 取り方があったのだと思う。
「 今日は 休みだから仕事しない 」…ではなく
仕事の区切りがいいから… 手が空いたから…
疲れたから… 季節が変わったから…など
状況に応じて 自分自身で判断して 休みを取る…
そうした 休みの取り方が 自然に身についていたように思う。
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その代わり 決まった休みは 年に何回かしかなく…
仕事や 天候の状況によっては
いつなん時スクランブルがあっても
すぐに動けるような 対応の備えをしていたのだろうと思う。
言ってみれば レスキュー体制を備えた状態で…
問題の無い時は 毎日が 仕事でもあり休日でもあるような…
フル稼働ではない ゆとりを残した日常感覚で 仕事をしていた。
…のではないだろうか。
俺が ネパールの道端や 昔の日本で見た…
職人さんたちの仕事のスタンスにある…のんびり感覚。
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現代の いわゆる先進社会の 仕事の仕方には
それが無くなってしまっているような気がする。
いつも 張り詰めてばかりいる糸は やがて切れてしまう。
現代人の こころの脆さ…が
そういう風に 見えてきたりもするのだが。
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参照