家族50.封建社会1. ( 08.02.14.木 ) 2008年02月14日14:09
akiu 雲 家族50.封建社会1. ( 08.02.14.木 )
支配者を作るのは 依存者 雲:08年02月14日 14時00分06秒
家族50. … 封建社会1. …
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いまの日本は 民主社会ではなく 封建社会だと 俺は思う。
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俺のオヤジは 1928年生まれ
成人するまで 戦中の日本で育った人間だ。
いわゆる大日本帝国…帝国主義教育や
そうした社会風土を 呼吸して成人した。
日本は1945年の敗戦後 天皇制帝国主義国家から
民主主義国家に変わった。
しかし そこに居た 国民や指導者たちの★三つ子の魂★的な
感性に刷り込まれた前時代性の色合いは
そうそう 簡単に 染め変えられるものではない。
帝国主義的な あるいは儒教精神的な
さまざまな前時代的な 封建の感性や 価値規範は
社会環境の中に そして 家庭環境の中に
さまざまな形で 有形無形に 残ったのも当然だろう。
社会は そうそう 簡単に 変わるものではないのだと思う。
俺が生まれたのは 1953年…戦後8年目だ。
幼少年時代 敗戦後の匂いが まだ残っていた。
いまから思うと それは★ 民主主義化 ★の 希望に満ちていたように思う。
TV放送も始まったばかりで 元気と意欲に溢れていたと思う。
戦争への反省 生き方や社会への問いかけ そんな番組や
映画も… 多かった。
アメリカのTV番組の中の 人々は平等で フレンドシップで
正義感に満ちていて 明るかった。
「 権利 」という言葉が 流行っていた。
学校も 組合系が強かったようで 教師たちも それぞれ自信に満ちて
手にしたばかりの 民主主義教育の実現に 意欲溢れているように見えた。
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文学も哲学も無関心…現場監督・土方みたいな
サラリーマン公務員の オヤジの口からさえ…
「 いまは民主主義の時代だからナ!」
…などの言葉が 軽口で吐き出されていた。
しかし それも1960年代の終わるころには 変わっていったように思う。
いわゆる東京オリンピック以降… 高度成長期の日本人の目は…
すでに 民主的な個人の 自覚的な輝きを 失い続けていったように見える。
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「 権利 」という言葉は いつからか 利権やエゴに染められていた。
俺は 民主主義の胎動する匂いの中で 幼心を育てたような気がする。
それで いつまでも それにこだわり続けているのだろうと思う。
何度も書いてきたが いまの日本は★ 民主主義社会 ★のはずだ。
しかし 俺の実感では 民主主義感覚の通じる個人は 少ない。
自分の責任で 自分で考え 自分で判断して 自分の意見を持って
毅然として 個人としての自分で 生きていこうとしているひとが
どんどん 少なくなっていくように見える。
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利害によって 人間関係を計り 自分を押し殺し…我慢するのが
社会常識であるかのような社会になっている。
寄らば大樹の陰の 組織依存指向や
… みんなでやれば怖くない …的な 徒党 党派性が 横行している。
強うそうな者に 頭下げ へつらい 弱い者を 見下す…
勝ち組になりたがり… 勝ち組礼賛。
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これは すでに 民主主義社会ではないと思う。
封建社会を 作る者は 一部の成り上がりたちではない。
そこに群れ集まり 持ち上げ 従い
そそのかし 利用して 肥大させてゆく
多数の 他力本願的な 依存者たちだと言うことを…
いまさら 言ってみても しょうがない程に…
社会の 封建化が 進んでいるように 俺には見える。
武力封建から 権力封建… そして今度は
資本力や 経済力による封建…と
依存し続ける者がいる限り それを集めて利用・支配してゆく
封建の手口は なくならないような気がする。
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参照