日常45.ずるい・卑怯者3.(08/03/14金) 2008年03月14日23:59
akiu 雲 日常45.ずるい・卑怯者3.(08/03/14金)
よわいものいじめはずるい やめようね 雲:08年03月15日 00時28分01秒
ずるいかな ずるくないかな みきわめて 雲:08年03月15日 00時22分28秒
日常45. … ずるい・卑怯者3. …
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【 ずるさ 】を もっとも強く感じられるのが
【 人間社会 】ではないか…と 俺は思う。
俺には 人間が いちばん【 ずるい生き物 】のように思える。
こざかしい知恵で さまざまなものを 自分勝手に支配したり
牛耳ったり…し続けて 地球上に はびこっている。
あげくの果てに 同じ人間同士まで
牛耳り合い 支配し合うようにまで なってしまった。…ような???
俺は… 【 人間を憎んではいけない 】 …と
どこかで思っているような気がする。
磔になった時の キリストの話を 思い出すからだ。
・・・・・・・・
隣で磔にになっている 盗人が… 悪態をつき つばを吐きかけたとき…
『 神よ…彼を許したまえ
彼は 自分が いま なにをしているのかが…
わからないだけなのです。』
…と 言ったという。…?
・・・・・・・・
なにをしているのか 本人が わからなければ…
責めても 非難しても 憎んでも なんの意味も効果もない。
やるだけ無駄の 徒労だと言うことだ。
でも キリストは自分は許すから…神様も…?と
言っているようにも聞こえる。
しかし キリストに言われなくたって 神様ならわかってるはず。
…ではないだろうか?…とも 思う。
・・・・・・・・
キリストは 神様と自分とドッチが
物事がよくわかるやつだと 思っていたのだろう?(笑)♪
キリストは キレイな自分に酔っているだけの
傲慢なナルシスト(ヒロイスト)…ではないのか?
ジハードで死んでゆく殉教者たち…と どうちがうのだろう…と。
そんなふうに 思うこともある。
( そういうトコが 俺の 変なところ?…かもしれない )
俺は 神様じゃないから ひとを裁いたりなんかできない。
みんな わからないのだから…。
しょうがないのかもしれない…とも思う。
だから俺は 他者に対して【 ずるい 】と思ったことは あまりない。
ただ【 わけわかんねぇーやつ 】だなあ…と 思うだけだ。
ずるいことや 小賢しいこと ひとのいやがることなどをしてると
ひとに嫌われる事が多い。
それは 本人にとって 嬉しいことではないと思うのだが?…
…もし【 人間には罪がない 】としたら
【 神様にも…???…罪がないのだろうか? 】とも つい考えてしまう。
俺は 神様に【 ずるい 】と感じることは… ときどきあると思う。
強い者が 自分より弱い者を いじめていたり
牛耳ったりしているのを見ると…
あるいは 賢い者が 相手の無知を利用したり…
馬鹿にして 自分の都合で 他者をいいように弄んでいたりすると…
腹が立ってくるものだ。
神様が 人間を弄んでいるように感じるとき…
神様は【 ずるいやつ 】なのか?…と思ってしまうことも多い。
たぶん そうした感じがするから…
信じ切れないまま いままで 生きてきてしまったのだろうと思う。
だまされたくはない… と 思ってしまうのだ。
。。。。。。。。。。
中学の頃までは そんな風に 思うことはなかった。
それまでは だまされた… と感じたことが なかったからだと思う。
16〜7歳のころ…
理由がなにか よくは わからなかったが…
そして それは ハッキリしたものではないのかも知れないが
それまで 信じていたものが 信じられなくなってしまった。
そのあと 信じることに臆病になって 生きてゆく中で
それでも なにかを信じようとして 生きていた。
居直ったり あきらめたり したくはなかった。
人間を 世界を 信じたかった。
誰しも もっともよく知っている【 人間 】は 自分だろうと思う。
その自分のことを【 ずるい 】と 思ってしまったら…
【 他の人間も ずるいのだろう 】と 想像してしまうだろうと思う。
だから【 自分は ずるい人間には ならないようにしよう… 】
…と 思い そう決めて 生きてゆくことにした。
わからなくなったり まちがってしまったときは
【 ずるくない 】ほうを 選んでゆく…
そんな 判断基準で生きようと 思ってきた。
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ところが それが あんがい むずかしいのが…
現実の『 人間社会 』だったように…いまでも 思えてしまう。
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コメント
■みぃ 2008年03月15日 07:20
>信じることに臆病になって 生きてゆく中で
>それでも なにかを信じようとして 生きていた。
>居直ったり あきらめたり したくはなかった。
>人間を 世界を 信じたかった。
雲ちゃんは私の代弁者かも・・・
やっと信頼できる先生に出会えて
信じて4年間ついていっていましたが、
私の信じる思い・・ていうのが強すぎたようで・・・
「まじめすぎるんよ」って言われて引かれちゃいました
人間関係のバランスは難しいです
よりいっそう臆病になりそう
適当なことをしゃべりながら、小ずるくラフに生きてる人が羨ましい〜
●雲 2008年03月16日 02:27
みぃさん:なにごとも 自分を表現して 誰かに伝えることは
むずかしいのだと思います。
俺と○子さんは1989年〜10年間 毎日交換日記を書きました。
それでも…結局○子さんの真意やホンネは 俺にはわかりませんでした。
もちろん○子さんが見た俺が 歪んでいるかどうか…も…。
自分とはなにか?…それは他者との中間にしか見えないような気がします。
自分を他者として見守ってゆく もうひとりの自分を
利害抜きで しっかりと作っていくようにすることが大切な気がします。
自分を守るだけでなく 法や人道に照らして自分を代弁してくれる…
信頼できる弁護人としての自分…を。
俺にとって…それは…【 表現 】だろうと思います。
表現には 否応なく自分が映ります。
【 ラスコーの壁画や 子ども達の絵 】と 多くのオトナたちの絵のちがい…
それは【 純真 】の有無のような気がします。
>「まじめすぎるんよ」
…まじめなのは悪くないと思います。
ただし【 表現や表情 】の 純真さ・おおらかさ…が 大切な気がします。
レンブラントの絵は まじめだけど
子供が見たら怖いと感じると思います。
ベートーベンやワグナーの曲も 怖い
鳥獣戯画や ショパンやモーツアルトの曲には…
怖さが無いような気がします。
まじめな顔をする時は 真剣なとき…緊張感のあるとき
その訳が しっかり伝えられないと…
不安や怖さを伝えてしまうのだろうと思います
それで 相手が 疲れるのかも知れません。
いい笑顔 おおらかな表情のまじめさ…。
そういう感じで ふれあえたら いいのではないか?
などと…思います…だっちゃね♪
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