道20 旅(1972) 礼文→釧路 2007年10月04日11:55
akiu 雲 道20 礼文→釧路
旅 … 礼文→釧路 …
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自分の 甘さを つくづくと 噛みしめていた。
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まるで 季節の変わり目のように…
あのころの 俺のこころは
めまぐるしく 変化していたのかもしれない。
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礼文ユースに 逃げ込んだあとは たのしく過ごしたと思う。
礼文島縦断の8時間コースというのがあった。
北端のトコトン岬から 南端の桃岩あたりまで…
礼文島の 自然の中を歩くコースだ。
たしか 2回歩いたような気がする。
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日記に みんなで撮った写真が 貼ってあるはず…
でも 不思議と みんなで居た時の記憶は 鮮明ではない?
ひとりや少人数の時のことは わりと思い出せるのだが…
礼文ユースには 1週間ぐらい居たと思う。
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その後 礼文で知り合った神戸のM君と
奈良の○君の車に乗せてもらって…
オホーツクの海岸沿いに 紋別まで行った。
紋別の「流氷の宿」というユースホステルに1週間ぐらい居て…
○君たちと 網走まで同行し… そこから斜里まで…ヒッチハイク。
斜里のユースで また ○君たちと再会して
道東の海岸線沿いに 釧路まで 乗せてもらった。
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知床半島を越える 急な山道。
…たぶん斜里峠… だと思うが
下り坂が続くあたりに さしかかったとき…
○君の軽自動車が すべりだした…!
奈良の○君は 路面凍結には 慣れていなかった。
車は ハンドルとは関係なく 右往左往と スケーティング(笑)
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しかし あの時は 笑ってられる状況ではなかった!
なにしろ 急な山道 右側は切り立った岩壁。
左側は 底が見えないような 切り立った谷…
そして ガードレールも なかったような気がする?
どうみても 左側に 行ったら…
…そのまま 谷底… は「マぁーチガイナイ!…」と思えた。
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舗装してある 二車線の国道の 幅いっぱいに…
崖側に向かって行く かと思えば… 次は 谷側へ
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さすが あんときゃ 青くなった。
右へ 左へと 何回か くり返したあげく…
壁側の側溝に 右の前輪が 脱輪。
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とりあへず なんとか ほっとした。
そのあと 車が 軽自動車だったのが幸い… 男3人だったし…
雪まみれになりながら
なんとか車を 道路まで戻すことができた。
ケータイなんかない時代だし
近くに 公衆電話も 家もあるはずもないところ…
車も ほとんど 通らない。
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3人で乗ってて ほんとヨカッタと…
みんなで 胸をなで下ろしました。
そんなこんなで 野付から国後島を眺めたり…
日本の最東端 納沙布岬まで行ったり… 男3人道中で
釧路まで たのしく 旅をしました。
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参照