性の問題 ユーモラスに
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７年おきに長編を発表している。「セミにたとえられることもありますが…」
　作家の松浦理英子さんが久々の長編『犬身（けんしん）』
（朝日新聞社）を出版した。
独身女性が突然、子犬に変わってしまう物語は、
１４年前の右足の親指が突然、男性器に変わった女子大生を描いた
『親指Ｐの修業時代』をどこか連想させる。（待田晋哉）


松浦理英子さん「犬身」

　３０歳の房恵は、大の犬好き。
自分が本当は犬ではないかと思い、
「性同一性障害」ならぬ「種同一性障害」を疑うほどだった。
ある日その希望がかない、知能は人間のまま外見だけ犬のフサに変えられ、
陶芸家の梓に飼われるようになる——。

　「私も犬が好きです。美容整形の先生に、
頭だけ犬の姿に変えられないかと冗談で聞いたことがある。
本当に人間が犬に変わったら、
笑いのある小説が書けるのではないかと思った」

　人間に排泄（はいせつ）の処理をされるのを恥ずかしがったり、
パソコンの画面を不自然にのぞき込んでしまったり。
ユニークなエピソードが続く。
同時に飼い主に温かく触れられる喜びや、
大切にされることに応えようとする房恵の心の反応が丁寧に描かれる。
一方で、現代社会の歪（ひず）みを象徴するような
梓の家族の秘密も次第に明かされてゆく。

　女性同士の激しい性愛描写を通し、
男性の視線に汚されない性表現を作り上げた
『ナチュラル・ウーマン』（１９８７年）。
通念的な性のとらえ方に対する鋭い批評眼に満ちた
『親指Ｐの修業時代』（９３年）。
作家は３０年近く、心と性の問題に向き合ってきた。
今作もその延長上にある。

　「新しい書き方を開発しなければ、
性の問題はもう書かないだろうと思っていた。
だが、『人間と犬』の仕掛けを作ったことで、
より過激に考えられ、面白く表現できると感じた」

　セクシャリティーの主題を描く文学の最前線をゆくような過激さと
熱気をはらんだ過去の作品と比べ、
『犬身』は筆致が全体的に丸みを帯びたように感じる。

　＜本物の、あの人の犬になれないのなら、
二番目の望みは今の姿のままで犬と認めてもらうことです＞

　交わされる言葉の端々には、心地よいユーモアが漂っている。

　「『親指Ｐの修業時代』を発表した当時、
社会は男性中心主義的で、私にとって戦うべきものに映った。
だがかつての嫌な男の多くが引退し、
現在は女性蔑視（べっし）的なことを大きな声で言えなくなった。
男性中心主義が社会の表面から見えにくくなったことが、
作品に反映されたかもしれない。
だが、どんな時代になっても女性を嫌いなマッチョな男性がいることも分かった。
彼らを変えようとか、変えられるとまでは思わないが、
時には批判し、嫌みを言いたいという気持ちはずっと持ち続けている」

　寡作なのは、真摯（しんし）な作家の宿命であるように見える。

(2007年10月23日  読売新聞) 

 『犬身』
松浦理英子
出版社：朝日新聞社
発行：2007年10月
ISBN：9784022503350
価格：￥2100 （本体￥2000＋税）『親指Ｐの修業時代』 (上)
松浦理英子
出版社：河出書房新社
発行：2006年4月
ISBN：9784309407920
価格：￥693 （本体￥660＋税）『ナチュラル・ウーマン』
松浦理英子
出版社：河出書房新社
発行：2007年5月
ISBN：9784309408477
価格：￥651 （本体￥620＋税）